20260531自ら正しさを選んだイエス(ヨハネ19:28-30)📺

20260531日本語礼拝

聖書:ヨハネ19:28-30

題目:自ら正しさを選んだイエス

賛美:73、521、523

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

「そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。 そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。 すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。」

‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭19‬:‭28‬-‭30‬ 口語訳‬

1。千と千尋の神隠し

①選ばされる子供

 ❶千尋は親に従っているだけ、環境に流されているだけ、受け身で怖がりの子供。

 ❷ある日、両親が豚になり、元の世界に帰れなくなり、名前(自分自身)を奪われる。

 ❸湯婆婆の元で働かなければ生きていけなくなる。

②ハクとの出会い

 ❶最初は、逃げる、怖がる、言われないとできなかった。

 ❷しかし、ハクと出会い、導きを受ける。

 ❸そして、自ら選ぶことを学ぶ。

③自ら選ぶ子供

 ❶無茶な要求をするカオナシという怪物に対してNOと言えるようになる。

 ❷ハクが危険な状態になった時、湯婆婆に逆らって助けることを選ぶ。

 ❸誰にも強制されていないが、自らの意思で危険に飛び込む事ができるようになった。

④変えられた人格

 ❶指示されていない。恐れはある。でも覚悟をもって、選ぶようになった。

 ❷危険の中でも挫けず、自ら正しいことを選択できる人格を手に入れた。

 ❸環境に流されず、怯えず、静けさに似た平安がある。

私たちは、以前の千尋のように生きていて、そこから抜け出すことができない。

しかし、キリストがそして私たちに与える力と平安はそれ以上のもの。

2。本文解説

①「イエスは今や万事が終わった事を知って」

 ❶自分の人生がとうとう終わってしまった事を悟った、という意味ではない。

 ❷神様がご自身の計画をついに成し遂げた事を理解した、という意味。

  ⑴「テレオ」は単に終わるではなく、目的を達成する意味合いが強い。

  ⑵ 「テテレスタイ」と完了形の受動態で使用しており、イエスは受け身側。

  ⑶神様の救いの計画が目的を達成し、その状態が今も続いている。

 ❸イエスが十字架を単に知っているのではなく、理解して受け入れている事がわかる。

②「『私は、かわく』と言われた。それは聖書が全うされるためであった」

 ❶極限状態で実際に渇いていて苦しんでいるが、渇いているから言ったのではない。

 ❷詩篇69:21の預言の成就がイエスの頭の中にあるから言った。

「彼らはわたしの食物に毒を入れ、 わたしのかわいた時に酢を飲ませました。」

‭‭詩篇‬ ‭69‬:‭21‬ 口語訳‬

 ❸イエスが苦しみの中でも、神様の思いを意識している事がわかる。

③「人々は酢い葡萄酒を含ませた海綿を…イエスの口元に差し出した」

 ❶文脈などから、おそらくローマ兵が与えた可能性が高いが、動機は不明。

  ⑴可哀想だから?意識をはっきりさせ刑を長引かせるため?嘲笑のため?

  ⑵与えたのは水割り葡萄酒で発酵が進んだもの。水より安全な日常的な飲み物。

 ❷はっきりしているのは、この動作で詩篇69:21の預言が完成したという事。

  ⑴苦み(没薬・毒)を混ぜた葡萄酒は痛みを軽減する役割→イエスは拒否した

  ⑵酢い葡萄酒は渇きを軽減する役割→イエスは受け入れた

 ❸預言の成就に向けて、信じる人だけでなく信じない人も用いられる事がわかる。

④「イエスはその葡萄酒を受けて『すべてが終わった』と言われ」

 ❶自分の人生が本当に終わってしまって悲しい、という宣言ではない。

 ❷神様の救いの計画が自分を通して完成した、という簡潔な宣言。「テテレスタイ!」

  ⑴マタイとマルコはその前に、見捨てられた叫び(詩篇22)に焦点を当てている。

  ⑵ルカは「父よ我が霊を御手に委ねます」と人間としての最後の祈りに焦点。

  ⑶ヨハネは「完了した」と王しての最後の宣言に焦点を当てている。

 ❸最後の最後まで、イエスの視線は神様に向かっていた事がわかる。

⑤「首を垂れて息を引き取られた」

 ❶命が奪われ、終わりたくないのに終わらされてしまった、という意味ではない。

 ❷自ら霊を手放し、自ら死を受け入れて完了したという意味。

  ⑴「首を垂れる」も「息を引き取る」能動態。

  ⑵「息を引き取る」は「自分の霊を引き渡した」という意味。

  ⑶全福音書が能動的動詞を用いている(手放した、息を吐いた、委ねた、渡した)。

 ❸奪われ殺された様に見えるが、死に向かうイエスの明確な意思がわかる。

3。適用:覚えること

①十字架は、愛のためにイエスが自ら進んだ道である。

「だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが、自分からそれを捨てるのである。わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである」。」

‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭10‬:‭18‬ 口語訳‬

 ❶イエスは、誰かに無理やり命を奪われた被害者として十字架にかかったのではない。

 ❷聖書はイエスが最後の最後まで自身の意思をもって選択した事を強調している。

 ❸だから、ユダだけを極端に悪者にしたり、ユダヤ人を憎む必要もない。

 ❹その様な人々のためにも、イエスは知った上で、自ら十字架の道を進んだのだから。

②その十字架によって救いは完成した。
 ❶イエスの「すべてが終わった」は、「救いに必要な事は、もう完成した」という宣言。

 ❷だから私たちは、救われるために、頑張って何かを手に入れようとしなくていい。  

 ❸その救いに招かれ、イエスの愛を知り、イエスの教えに従って生き始めれば良い。

 ❹そうすれば聖霊によって、私たちの人格は救いにふさわしいものに変えられる。

③だから私たちもイエスのように正しさを選択できる。

 ❶イエスのようになれ、とは言わない。不可能だから。

 ❷しかし、その完成した救いに入ると、聖霊に従いイエスように少しずつ変えられる。

 ❸救いは単に天国に行くだけではなく、この世で平安を得るための人格が与えられる。

 人や環境に左右されず、正しさを選択できる、自ら選択できる、自由になる。

「主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある。」

‭‭コリント人への第二の手紙‬ ‭3‬:‭17‬ 口語訳‬

④正しさを選択できなかったポンテオピラト(19:12−16)

 ❶ピラトはイエスに罪を見つける事ができなかったので、イエスを解放しようとした。

 ❷ところが「この人を許したら、あなたはカイザルの味方ではない」と言われた。

 ❸ピラトはカイザルの名を出す人々を恐れて、その権力を使わず、正しさを捨てた。

 ❹悪魔は私たちの一番触れてほしくない所を正確についてくる。

⑤正しさを選択できたアリマタヤのヨセフとニコデモ(19:38−42)

 ❶イエスの遺体を引き取り、ヨセフは自分の墓を、ニコデモは33kgの没薬を用意した。

 ❷もはや隠れず自分の地位と命を脅かす人々を恐れず、大胆に、正しさを選んだ。

 ❸正しい事をしたくてもできない、言い訳ばかりで縛られた、奴隷のような人生から解放された。

 ❹キリストによって、私たちは正しい事を自ら進んで選択できる自由人としての人生を送る事ができる。

4。まとめ

①イエスは誰かを責めるために来たのではなく、自由にするためにきました。

②そして自ら進んで神様の計画に従い、十字架の刑罰を受け入れました。

③そのおかげで、私たちは救いを得て、自由になったのです。

④私たちは聖霊が与えられ、天国が保証されただけではありません。。

⑤この世でも、私たちはヨセフやニコデモ、そしてイエスのようになれます。

⑥環境に振り回されず、自ら進んで正しさを選択し、心に平安を得られる人生を送る事がキリストによって、聖霊によってできる、ということを忘れないでください。

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