20260520ヨブの主張(ヨブ30:21)📺

20260520水曜礼拝

聖書:ヨブ30:21

題目:ヨブの主張

賛美:190、191

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

「あなたは変って、わたしに無情な者となり、 み手の力をもってわたしを攻め悩まされる。」

‭‭ヨブ記‬ ‭30‬:‭21‬ 口語訳‬

1。遠藤周作「沈黙」(1966)

①ポルトガル宣教師ロドリゴ

 ❶江戸時代初期、弾圧が激しい中、殉教を覚悟してやってきた信仰の強い神父

 ❷どんな時にも自分の心の中心にあるのは力強くて気高いキリストの顔

 ❸聖徒が処刑されていく中、なぜ神様は沈黙しているのか悩みながらも、祈りつづける

②追い詰められたロドリゴ

 ❶踏み絵を踏んで聖徒たちが信仰捨てても、聖徒たちへの拷問が止まらない

 ❷自分が踏み絵を踏めば、聖徒たちの命は助かる、と言う

 ❸聖徒たちの苦しみに耐えられず、踏み絵を踏む。

その時、踏むがいいと銅版のあの人は司祭にむかって言った。踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。こうして司祭が踏絵に足をかけた時、朝が来た。鶏が遠くで鳴いた。

遠藤周作「沈黙」より

③ロドリゴの気づいた事

 ❶キリストは、「踏むな」「信仰を守れ」「殉教しろ」と言わなかった。

 ❷「踏みなさい」:「お前たちの苦しみを知ってる」「お前たちのためにいる」と言った。

 ❸強さで裁く神ではなく、弱さを抱きしめる神様でもあると気づいた。

 ❹奇跡が起きたわけでも、苦しみが消えたわけでもなかった。

 ❺しかし、苦しみの中でもキリストが共にいたことを知った。

④神の沈黙の中で知るべきこと

 ❶信仰の強さ弱さに関わらず、神の沈黙を感じる時がある。

 ❷義をもって力強く裁き、奇跡によって救い出すだけが神様の姿ではない。

 ❸愛をもって忍耐し、苦しみの中でもそばにいて下さる神様の姿がある。

2。本文解説

①背景

 ❶27章でヨブは、苦しみから逃れるための見せかけの悔い改めを拒否した。

 ❷28章では人間の努力では知恵は得られず、苦しみの原因はわからないと結論づけた。

 ❸29章では、神様の祝福の中で生きた過去の自分を思い出した。

②30章

 ❶今では欲望のままに生きている悪い子供たちが自分をあざ笑っている。

 ❷今では荒野に住むジャッカルやダチョウのような悲しい声しか出せない。

 ❸今では、神様を全く感じることができず、神様は変わってしまったと言った。

 ❹神様が不義であり、自分が義だと、神様の人格を疑っているように見える。

③原因は沈黙

 ❶ヨブは苦しみのせいで神様を批判しているのではなく、沈黙のために批判している。

 ❷自分の罪が原因なら、苦しみを受け入れるし、死ぬ覚悟もある。

 ❸それなのに神様は何も答えてくれず、神様は沈黙している。

④沈黙を経験した聖書の人物

 ❶ヨセフ:夢を与えられたのに、貴重な20代を牢屋で過ごした。

 ❷ダビデ:油を注がれたのに、貴重な20代を逃亡生活で過ごした。

 ❸ヨハネ:神様に従ってきたのに、自分は牢屋の中で死のうとしている。

⑤重要なポイント

 ❶一見すると不信仰だが、それでも神様を呼び続けるヨブの信仰がある。

 ❷信仰というのは、一度も苦しまない、一度も揺れないものではない。

 ❸自分の期待が外れても、それでも神様を呼び続けるのが信仰。

3。適用

①私達は苦しみや沈黙の中で神様の人格を疑うが、神様はその人間の弱さを知っている。

「そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」

‭‭マタイによる福音書‬ ‭27‬:‭46‬ 口語訳‬

 ❶ヨブは、苦しみの中で神様が沈黙された時、神様が変わってしまった、と言った。

 ❷イエスも、十字架の上で、神様が見捨てた、と言った。

 ❸実際は見捨てていないが、沈黙の中でそう感じてしまうのが人間の弱さ。

 ❹ヨセフ、ダビデ、ヨハネも神の不義や不公平さを感じたことだろう。

 ❺神様の人格を疑うことは一番の不信仰だが、神様はその人間の弱さを知っている。

②その上で、私たちを愛している。苦しみの中でも共にいる。

「この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。

‭‭ヘブル人への手紙‬ ‭4‬:‭15‬‬ 口語訳‬

 ❶私たちを単に救うためなら、十字架の上の苦しみを経験しなくてもいいはず。

 ❷しかし、イエスは私達の弱さを理解するために、私たちと同じように苦難にあった。

 ❸私達のメシアの思いやりは、冷たい同情ではなく、温かい愛情である。

 ❹ヨブは、友人と義について論じ合い、勝利したが、神の愛を論じる機会がなかった。

 ❺神様は、奇跡を起こし、すぐに苦しみから救い出すだけではない。

 ❻私たちには理由がわからなくても、苦しみの中で、愛をもって寄り添う時がある。

③ だから、たとえ神様を感じられなくても、求め続けよう。

だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」

ヘブル人への手紙‬ ‭4‬:‭15‬‬ 口語訳‬

 ❶ヨセフは裏切られ、奴隷にされ、濡れ衣で投獄され、忘れられる苦しみを受けた。

  ⑴その間、「神の愛はどこにあるのか」「なぜ夢を見せたのか」と思ったはず。

  ⑵しかし後にエジプトの宰相となり、飢饉の中で家族と人々を救う器になった。

 ❷ダビデは油注がれ、国を救ったのに、王に命を狙われ、逃げ回る生活をした。

  ⑴その間、「いつまでですか」と神様に尋ねた。

  ⑵しかし後に王となって、国民を哀れみ、神に導く立派な王となった。

 ❸ヨハネは荒野で悔い改めを宣べ伝え、人々をイエスへ導いたのに、捕まった。

  ⑴牢屋に入れられ、ダニエルのように助けられず、処刑された。

  ⑵しかし、「女から生まれた者の中で最も偉大」と言われ、イエスに賞賛された。

 ❹聖書の人物達は、神の愛が見えない、神の沈黙を経験した。

  ⑴しかし、それを乗り越えた先に、神の大きな愛の計画を見た。

  ⑵沈黙の間も、神様は離れていた訳ではなく、そばにいて働いていた。

  ⑶神の沈黙を乗り越えた者は、それを見ることができる。

 ❺私たちが一人で乗り越えないといけない時がある。

  ⑴実際は神様がそばにいるが、見守っている。

  ⑵親が助けず、一人で子供がやり遂げる姿を見守るのに似ている。

  ⑶苦しみは、人の内側を表に出す。苦しみを通してしか、わからないことがある。

 ❻ヨブが知るべきだったのは?

  ⑴苦しみから助け出すだけが、神様の働きではない。

  ⑵時には、苦しみを通して私たちを心を明らかにし、鍛えることがある。

  ⑶苦しみをなくす神様が全てではなく、苦しみの中でも共にいる神様の姿がある。

4。まとめ

①ヨブは、神様の沈黙の中で「あなたは変わってしまった」と叫んだが、それでも神様を呼び続けた。

②イエス様も十字架の上で「なぜ見捨てたのですか」と叫び、人間の弱さと苦しみを経験した。

③ヨセフやダビデやヨハネなど聖書の人物達も、神の沈黙と苦しみを経験したが、その後で神の愛の計画を知った。

④神様は、苦しみをすぐ取り除くだけでなく、苦しみの中でも共にいて私たちを支えてくださる時がある。

⑤だから、神様を感じられない時でも諦めず、沈黙の中でも愛の神様の計画を信じて、求め続けよう。

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