20260510父母を敬う意味(出エジプト20:12)📺

20260510父母の主日礼拝

聖書:出エジプト20:12

題目:父母を敬う意味

賛美:68、579 、559

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。」

‭‭出エジプト記‬ ‭20‬:‭12‬ 口語訳‬

1。今日は父母の日

母アン・リーブス・ジャービス(1832-1905)

 ❶11人を出産したが、成人したのは4人だけと言うつらい経験。

 ❷子供の衛生活動を行い、乳児死亡率低下に生涯を捧げた。

 ❸南北戦争の負傷兵支援、戦後の和解運動にも貢献した。

娘アンナ・ジャービス(1864-1948)

 ❶「母とは命を守り平和を築く存在」を思い出すため母の日を創設。1908年記念礼拝。

 ❷しかし、母の日が商業利用されることになり、全財産を使って反対活動した。

  例)「亡くなっている母には白、健在の母には赤」と区別することで売り上げが増加。

 ❸訪問したり手紙を書いたり、真実な感謝と敬意の日であるべきだと考えたから。

③なぜカーネーション?

 ❶母の好きな花が白いカーネーション。

 ❷枯れても花びらを散らさず、子供を抱きしめるような母の姿に見えるから。

 ❸カーネーションの赤と白は尊敬、ピンクは感謝を表している(日本で人気)。

④父母の日とは?

 ❶1956年、母の日が韓国に入ってきた(日本は1910−20年代に入ってきた)。

 ❷1973年に父母の日に変更された(日本は父の日は6月の第3日曜日)。

 ❸5月8日と固定日になっているのは文化的背景(日本はアメリカ同様第2日曜日)。

⑤尊敬に値しない親をどうやって尊敬できるのか?

 ❶2018年のWHOの調査では50%の子供が親に虐待を受けた経験あり。

 ❷父の日の普及は50年以上遅れたのは、特に父を尊敬できない人は少なくないから?

 ❸しかし聖書は親を「敬いなさい」と教えている。

 →今日のお話では、心の傷を癒せはしないが、「敬う」命令の意味を知ってほしい。

2。 本文解説:出エジプト20:12

①「あなたの父と母を敬え」

 ❶なぜ敬わななければいけないのか?

  ⑴親を敬うことは、道徳や知恵ではなく、神の国の民に与えられた秩序だから。

  ⑵親が立派だから、正しいから、良い人だから敬うべきなのではない。

  ⑶親の立場は、努力や能力、人格で得たものではなく、神様が与えたもの。

  ⑷子は親を選べず、親が子を選べない。性別同様、神の権威によって定められた。

  ⑸つまり、親を敬うことは、神様の秩序を守り、神様を敬うことになる。

 ❷どのように敬うべきか?

  ⑴ 親の全てを肯定したり、言いなりになったり、悪を我慢することではない。

  ⑵神様に反対することは、親であっても従うべきではない。

  ⑶パウロ「主にあって両親に従いなさい。これは正しい事である」(エペソ6:1)

  ⑷敬うとは、親の状態に関わらず、神様が与えた親の立場を軽んじないこと。例)社長

  ⑸問題だらけの親でも、親として接する事は、神様の権威を立てている事になる。

 ダビデの例

  ⑴自分を殺そうとする義父サウルに対しても、敬うことをやめなかった。

  ⑵サウルが正しいからでも好きだからでもない。「主に油注がれた者」だったから。

  ⑶サウル本人は神様が与えた王の立場を軽んじたが、ダビデは軽んじなかった。

  ⑷これはサウル個人を肯定したのではなく、神様の権威を敬っていたから。

  ⑸相手の状態、自分の状態に関係なく、神様を敬っている心が重要。

②「主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。」

 ❶親を敬うとどうなるのかを教えている。

  ⑴パウロ「第一の戒めであって、次の約束がそれについている」(エペソ6:2)

  ⑵敬えば長寿で、しなければ短命、という祝福を餌にした脅しではない。

  ⑶主が賜る地=神の秩序の中で、長く生きることができるという事実を教えている。

  ⑷パウロはエペソ6:3で省略しているが、異邦人には約束の地の概念が難しいから。

  ⑸親を敬えば、平安を与える神の秩序の中で生きていけるという約束。例)外国生活

 ❷不公平な約束ではないか?

  ⑴敬いやすい父と、支配的で暴力的な父とでは、あまりにも難しさが違うのでは?

  ⑵不公平なのは約束ではなく、罪ために壊れたこの世の結果である。

  ⑶しかし、神様はなぜその不公平を許可したのかは、私たちには分からない。

  ⑷確かなのは、不公平な中でも神様が、平安な神の秩序の中へ導いてるということ。

  ⑸理由はわからなくても、神様は公平な私たちの父であることを聖書は教えている。

 ❸セムとヤペテの例

  ⑴セムとヤペテはノアが酔っ払って裸になった時、後ろ向きに歩いて父を覆った。

  ⑵ハムは人々に父の失敗を言いふらしたが、2人は父の失敗を覆った。

  ⑶父がどんな状態でもその立場を尊重した。これは神様の権威を尊重していること。

  ⑷その結果セムはキリストの系譜の祝福、ヤペテはその中で広がりの祝福を受けた。

  ⑸子孫繁栄の祝福だけではなく、神の秩序の中にとどまる祝福を得た。

3。適用

①親を敬うこととは、平安を与える神の秩序の中に入ることだと覚えてください。

 ❶親を敬う事は、親を高くする事ではなく、神様を高くする事。

  ⑴親が親として生き、子が子として生きることは神の秩序。

  ⑵しかしこの世は、親が親として、子が子として生きていけないほど壊れている。

  ⑶親が、子の良し悪しに関わらず、「子」だから愛すると、家庭に平安が生まれる。

  ⑷同様に、子が、親の良し悪しに関わらず、「親」だから敬うと、平安が生まれる。

  ⑸肉の親の先にある、霊的な親の神様を見て欲しい。私たちを平安に導きたい父を。

 ❷親を敬うことは、人の支配から抜け出せた一つの証。

  ⑴親が正しいから、義務だから敬うのではない。神様のために敬う。

  ⑵憎い相手を敬うことは、人間の努力でできることではない。

  ⑶親がやさしくて、立派だから敬うのは、誰でもできる。

  ⑷親がどうしようもない存在だとしても、敬えるのは、神様の力の証拠。

  ⑸子がどうしようもない存在だとしても、愛せるのも、神様の愛のおかげ。

  ⑹親を敬うのは、親の理不尽で暴力的な支配に戻ることではない。

  ⑺親を敬うのは、親の支配から解放されて、神の愛と義の秩序の中に入ること。

 ❸完全な親である神様に期待しましょう。

  ⑴子には親に期待する。しかし期待が答えられないと、傷として残り続ける。

  ⑵「愛されたかった」「認めてほしかった」「守ってほしかった」「分かってほしかった」

  ⑶しかしこの世の親は不完全である。子も同様に不完全である。だから傷つけ合う。

  ⑷その痛みが、怒りや復讐心に変わるが、それは期待がある、またはあった証拠。

  ⑸神様の前に全ての痛みを持っていき、裁きを神様に委ねよう。復讐は神様の仕事。

  ⑹そして、親に対して持っていた期待を神様に変えよう。

  ⑺神様は何かを強要する以上に、平安のある神の秩序に入ることを望んでいる。

  ⑻イスラエルの民が、まず救い出された後に、律法が与えられた事実がある。

  ⑼「親を敬う」のは、呪いのような命令ではなく、祝福の命令だと分かる時が来る。

「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」

‭‭マタイによる福音書‬ ‭11‬:‭28‬ 口語訳‬

4。まとめ

父母を敬うとは、完璧な親を無理に肯定することではありません。

神様が与えられた立場を軽んじず、神様の権威と秩序を敬うことです。

この世の親子関係は罪によって壊れていますが、神様はその中でも私たちを平安へ導こうとしておられます。

だから、親の支配や傷に縛られ続けるのではなく、裁きを神様に委ね、神の愛と秩序の中へ進んでください。

父母を敬うとは、親を神のように高くすることではなく、神様を高くすることです。

今日、小さな一歩でも神様に委ねるなら、それは神の栄光となり、私たちを自由と平安へ導く歩みとなります。

皆様が、平安な父母の日を過ごせるよう祝福します。

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