20260509ラザロ―存在が証となる信仰(ヨハネ11:44-45)

20260509土曜祈祷会

聖書:ヨハネ11:44-45

題目:ラザロ―存在が証となる信仰

賛美:496

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

1。ラザロとは?

イエスに深く愛された人

 ❶ベタニアに住む人物で、マルタとマリアの兄弟(ヨハネ11:1)。

 ❷「主よ、ご覧ください。あなたの愛しておられる者が病気です」(11:3)

 ❸イエスはラザロを「友」と呼ばれた(11:11)

家庭全体がイエスを信頼していた

 ❶ベタニアの家は、イエスがたびたび訪れる信仰の家

 ❷ラザロは言葉数少ないが、主との深い関係の中に生きていた

 ❸病と死を通して神の栄光の器とされた(11:4)

2。本文の背景解説

ラザロはすでに四日間墓にいた

 ❶人間的希望が断たれた完全な死を意味する。

 ❷ユダヤ人にとって四日は完全な絶望の象徴。

イエスは墓の前で涙を流された

 ❶人間にはどうすることもできない死の悲惨さ。

 ❷人間の深い悲しみに、共に悲しまれる。

「ラザロよ、出て来なさい」

 ❶イエスの言葉は死を打ち破る。

 ❷命令一つで死者が生き返る神の子としての権威がある。

3。ラザロは沈黙している

①ラザロ自身は何も語っていない

 ❶信仰告白もない、長い証しの言葉もない、説教もしていない

 ❷しかし、彼の存在そのものが最大の証しとなった

 ❸「死んでいた者が生きている」これ以上に強い証しはない。

結果:「多くのユダヤ人がイエスを信じた」

 ❶ラザロの存在が、人々をイエスへ導いた。

 ❷イエスご自身も言葉だけではなく、存在で証しされた

 ❸十字架と復活という最大の証しで救いを示した。

私たちへの適用

 ❶現代の私たちは、信仰を語ることも大切だが…

 ❷本当に人を動かすのは「生きた証し」

 ❸苦しみの中でも希望を失わない姿、愛する姿、忍耐する姿、主に信頼する姿。

 ❹多く語らずとも、主によって変えられた存在が証しとなる。

4。結論

①ラザロに倣う信仰とは「主によって生かされた者として生きること」

②自分を誇るのではなく、存在そのもので福音を語る信仰

あなたの存在、生き方は、周囲の人をイエスへ導いているか?

④雄弁かどうかが重要ではない。

⑤ラザロのように、イエスのように、生き方そのもので神を現す者となりましょう。

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