20260422ビルダデに対する答え(ヨブ26:2-4)📺
20260422水曜礼拝
聖書:ヨブ26:2-4
題目:ビルダデに対する答え
賛美:286、288
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「あなたは力のない者をどれほど助けたかしれない。 気力のない腕をどれほど救ったかしれない。 知恵のない者をどれほど教えたかしれない。 悟りをどれほど多く示したかしれない。 あなたはだれの助けによって言葉をだしたのか。 あなたから出たのはだれの霊なのか。」
ヨブ記 26:2-4 口語訳
1。ヴィンセント・ゴッホ
①伝道師としての青年時代
❶ベルギーの炭鉱町ボリナージュ
❷24歳の時、炭鉱労働者の中に入って福音を説いた。
❸しかし、労働者たちははゴッホを嘲笑った。
「俺たちは地の底で働いている。地獄の隣で働く俺たちに、あんたのいう神様なんて
くそくらえだ。酒が俺たちの神様よ。わかったら、そんな説教はとっととやめろ。」
❹ゴッホは怒りを抑えて、いつかわかってくれる気で説教を続けた。
②ガスの大爆発発生
❶火傷や落盤で重症患者が続出した。
❷ゴッホは祈り、人々の看護をしたが、どんどん人々が亡くなっていった。
❸ゴッホは亡くなった人のために祈った。
❹ゴッホの看護と祈りを見て、労働者たちの考えが変わった。
「牧師さん、俺が悪かったよ。許してくれ」
❺ゴッホ「神は悔い改めを喜びます。一緒に祈りましょう」と優しく言った。
③その後
❶会社は重症患者を見捨てた。
❷ゴッホは面倒を見るように交渉したが断られた。
❸残りの重症患者をゴッホが全て引き取り、治療した。
❹人々を変えたのは、正しい言葉だけではない。
❺正しい言葉に加えた、大きな愛のおかげである。
2。本文解説
①2節「あなたは力のない者をよく助けた」(皮肉)
❶ビルダデの「神は偉大だが、人は虫けらのようで、人は正しくない」に対する反論
❷ヨブは今、財産と家族と健康と、全てを失って心が折れている。
❸それなのに、慰めのない正論と決めつけでヨブを攻撃している。
②3節「あなたは知恵のない者によく助言をした」(皮肉)
❶ビルダデは伝統に基づき、「悪は滅びる」という知恵を誇っている。
❷しかしヨブは、ビルダデの知恵が現実の痛みに合っていないと指摘している。
❸知識も論理もあるが、共感も涙もないことを批判している。
③4節「あなたは誰に向かって言葉を語っているのか?誰の霊が出ているのか?」
❶今の私の状況を本当に見ているのか?教科書に話しているようだ、という意味。
❷神を語っているが、神から離れた心で語っているのでは?という意味。
❸ビルダデが愛ではなく、高慢、冷たさ、自己満足から語っているという意味。
④12−13節「彼は、海を沈め、ラハブを打ち砕き、蛇を突き通される」(12−13)
❶ビルダデと同じように自分にも神に対する知識があることを主張。
❷ヤーム(海)=混沌、ラハブ=高慢な者、(レビヤタン)蛇=敵対勢力
❸人に制御出来ないものだが、神には制御できるものということ。
⑤ビルダデの失敗1:正しさだけでヨブを助けようとしたこと
❶ビルダデは最初、ヨブを訪れ、一週間沈黙をもって共にいた。愛のある行い。
❷そして、伝統を基準に「悪は滅びる」という論理で慰めようとした。義を持ち出した。
❸しかし拒絶するヨブを見て、自己防衛のために、愛を失いヨブを裁き始めた。
❹神の義を語ったが、神の愛を語らなかった。
⑥ビルダデの失敗2:自分の力でヨブを理解させようとしたと
❶ヨブを慰め、助けようとする事は良いこと。真理を伝えることも良いこと。
❷しかし、わからせるために、ヨブを悪人だと決めつけた。
❸真理を語る事はできても、相手の理解や納得は、私たちではなく相手の問題。
❹神の偉大さを語ったが、神に任せようとしなかった。
3。適用
①正しさだけでは人は救えない。
「人をさばくな。自分がさばかれないためである。」
マタイによる福音書 7:1 口語訳
❶善悪の判断vs裁くこと
⑴善悪の判断は大切である。例「偽預言者に気をつけなさい」
⑵真理を求め、正しくあろうとする心は素晴らしい。
⑶しかし、人に最終的な判断を下してはいけないと教えている。例)「あの人は悪人だ」
⑷他人を裁く人を、イエスは偽善者だと言っている (マタイ7:4)
❷義と同時に愛が必要
⑴「人は虫けらのような存在」は正しい。
⑵しかし、そんな人を神様が愛している。神の愛を抜いてはいけない。
⑶イエスはめぐみとまこととに満ちていた(ヨハネ1:14)
⑷愛がなければ、私たちの正しさは、神から離れたものになる。
❸私たちはどうするべきか?
⑴イエスのように、愛と義とをもって接するべき。
⑵愛だけでは、甘やかしてしまう。義だけでは、傷つけてしまう。
⑶真理を伝えると同時に愛を伝えることを忘れてはいけない。
②人の力では救えない。
「イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」。」
マタイによる福音書 19:26 口語訳
❶人にはできることと、できない事がある。
⑴私たちは、人にそれ=救いを伝え、影響を与える事はできる。
⑵しかし、人が理解し受け入れ、救いに到達させるのは神様の領域である。
⑶私たちが、自分の力や知恵で、人を変えようとするのは高慢である。
⑷人の理解や納得は混沌のようであり、神の領域である。
⑸実際、ビルダデとヨブは神の偉大さについて言い合ったが、納得できていない。
❷私たちにできるのは、神の義と愛を伝えて、神様が働かれるのを待つこと。
⑴「私があの人を変えた」「私があの人を救った」は高慢である。
⑵人が人を変えようとすれば、愛を見失い、義だけになってしまう。
⑶人が変えられるのは自分だけである。神様の心を明け渡す事である。
❸私たちはどうするべきか?
⑴自分の力で完了させようとしない。
⑵できることをしたなら、ムキになるまえに、身を引いて神様に任せる。
③神の愛と少しの神の義をもって励まそう。
「たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。」
コリント人への第一の手紙 13:1 口語訳
❶コリント教会はとても「賜物が豊かな教会」だったが、愛が欠けていた。
⑴だからパウロは手紙で、愛がなければ無意味だと伝えた。
⑵人はコリント教会やビルダデのように、義が全面的に出て、愛を失いやすい。
⑶能力の高さや正しさを誇る教会を見て、イエスは喜ぶだろうか?
⑷人を変えるのは、厳しい裁きではなく、神の愛である。
❷傷つきながらも偉そうな人を救うには?
⑴ビルダデの立場ではヨブがそう見えただろう。
⑵しかし「この人は間違っている!」と断罪するのは、神の領域に入りすぎている。
⑶だからといって何も言わず我慢するだけだと、自分の役割を放棄している。
❸私たちのすべきこと
⑴だから、神の愛と少しの神の義をもって近づこう。
⑵そして、義を語るより、愛を与えよう。人を変えるのは愛だから。
⑶相手を変えようとせず、神様に委ねよう。人を変える事は人の領域ではない。
4。まとめ
①ヨブのビルダデに対する答え
❶「あなたの言葉は本当に助けになっているのか」
❷ビルダデは正しいことを語ったが、その正しさはヨブを救えなかった。
❸愛がなかったから。
②私たちも同じ過ちを犯す。
❶正しさを語りながら、人を裁き、変えようとしてしまう。
❷しかし、人を変えることは私たちにはできません。
❸人の心、は、私たちには混沌のようであり、神の支配の中にある領域だから。
③正しさだけで人に向き合うのはやめましょう。
❶義を忘れず、しかし愛を中心に関わりましょう。
❷そして結果は神様に委ねましょう。
❸神様が、救ってくださいます。

