20260128エリパズの慰め(ヨブ4:7-8)📺

20260128水曜礼拝

聖書:ヨブ4:7-8

題目:エリパズの慰め

賛美:405、406

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

“考えてみよ、だれが罪のないのに、/滅ぼされた者があるか。どこに正しい者で、断ち滅ぼされた者があるか。 わたしの見た所によれば、不義を耕し、/害悪をまく者は、それを刈り取っている。”

‭‭ヨブ記‬ ‭4‬:‭7‬-‭8‬ 口語訳‬

1。テマン人エリパズ

①テマン

 ❶エドムの有名な町

  ⑴エサウの孫(創世記36:11)

  ⑵知恵の町(エレミヤ49:7、オバデヤ1:8)

  ⑶人間の知恵の最高峰

②エリパズ

 ❶年長者の友人

  ⑴1番最初に話し始めている。

  ⑵名前の意味は「私の神は純金(のように尊い)」=信仰者

  ⑶つまりテマン人エリパズとは、“神を知る最も賢い人間”の代表

2。エリパズの慰め

①エリパズの神学

 ❶因果応報の原理(4:7–9)

  ⑴正しい人は滅びず、悪を蒔く者は災いを刈り取る。

  ⑵苦難には必ず原因があり、原因は人間側にある。

  ⑶箴言的・申命記的世界観としては真理。

 ❷罪における神と人間の圧倒的さ(4:17–21)

  ⑴神の前に正しい人はいない。

  ⑵人は塵にすぎない。

  ⑶人間は常に「どこかに問題を抱えている」

 ❸訓練的苦難の神学(5:17)

  ⑴苦しみは懲らしめであり、神の愛による矯正。

  ⑵最終的には回復と祝福がある(5:18–26)。

  ⑶苦難=裁きであり、同時に恵みの手段。

②エリパズの問題点

 ❶経験に基づく判断で、神を小さくした

  ⑴「私の見たところによれば」(4:8)=エリパズの意見

  ⑵「我々が調べたところでは」(5:27)=テマン全体の意見。

  ⑶真理を語ってはいるが、神を人間の知恵で理解できる枠に閉じ込めた。

 ❷上から目線でヨブを裁こうとした

  ⑴ヨブの訴えを聞く前に結論を出し、「悔い改めよ」という方向に話を導く。

  ⑵慰める者ではなく、裁定者の位置に立ち、神が認める義人を裁こうとしている。

  ⑶真理を語ってはいるが、神の座に座ろうとしている。

 ❸ 苦しんでいる人を前に、自分の正しさを優先した

  ⑴ヨブの苦しみは「海の砂より重い」(6:3)=言葉が壊れるほどの痛み

  ⑵それでもエリパズは、人を守ろうとするのではなく、神を守ろうとした。

  ⑶しかし神は守ってもらう必要がない。それは神を武器に自分の理論を守っただけ。

③ヨブの反論

 ❶「私に教えよ、そうすれば私は黙るであろう」(6:24)

  ⑴ヨブは原因を自分に見いだせない。だから神に向き合っている。

  ⑵エリパズの説明は、エリパズとの間に距離を作った。

  ⑶苦難を「説明」するのではなく、苦しみを「共有」すべきだった。

 ❷「何故、私の咎を赦さず、私の不義を除れないのか」(7:21)

  ⑴私は死を受け入れているのに、なぜ殺さず苦しみ続けさせるのですか、という意味

  ⑵ヨブは死を恐れておらず、罰を避けようとしていない。

  ⑶意味のない苦しみが続くことを問題にしている。

 ❸ヨブがエリパズを拒絶した理由

  ⑴ヨブは自分が神の前で罪を犯していないことを知っている。

  ⑵だから因果応報も訓練的苦難も当てはまらないと悟った。

  ⑶エリパズの真理は「今の自分」には的外れであり、態度も的外れ。

3。適用

神を正しく語ろうとする前に、苦しむ人と共に神の前に立ちましょう。

 ❶まず「語る前に共に立つ」ことが大事

  ⑴説明しようとする衝動を抑える。なぜこうなったのか、理由を急がない。

  ⑵沈黙を恐れない。何も言えない時間も、神の前では意味がある。

  ⑶答えではなく、存在を差し出す。言葉より「一緒にいる」ことを選ぶ。

 ❷ 「上から」ではなく「隣に」立つ事が大事

  ⑴評価し、裁く立場を手放す。正しいか間違いかを決める役を降りる。

  ⑵神の座に座らない。神の意図を代弁しようとしない。

  ⑶共に神を仰ぐ姿勢を取る。教える人ではなく、祈る人として立つ。

 ❸ 「我々」ではなく「私」として神の前に立つ事が大事

  ⑴経験や多数意見に逃げない。「普通は」「たいていは」で語らない。

  ⑵分からないことを認める勇気を持つ。信仰とは、すべて説明できることではない。

  ⑶神の自由を信頼して委ねる。神は私たちの理解を超えて働かれる方。

②パリサイ人シモンの家に来た罪の女

 ❶ シモンは「正しく神を語る側」に立っていた(エリパズ型の信仰)

  ⑴ 正しい立場を持っていた:パリサイ人、律法を知る者、宗教的に評価される人。

  ⑵ 人を見て、すぐに判断した:(心の中で)「この女は罪深い女だ」

  ⑶ 神を“理解しているつもり”だった:「もしこの人が預言者なら分かるはずだ」

 →シモンは神を語っていたが、神の前には立っていなかった。

 ❷ 罪の女は「何も語らず、神の前に立った」(ヨブ型の信仰)

  ⑴ 言葉ではなく、存在そのもので近づいた:泣き、香油を注ぎ、足元にひれ伏した

  ⑵ 自分を弁護しなかった:正当化も説明もしていない

  ⑶ 赦しを“理論”ではなく“切実さ”で求めた:海の砂より重い心の痛みを抱えていた

 →罪の女は何も語らず、神の前に立っていた。

 ❸ イエスが正しいとされたのは、どちらか(神の評価)

  ⑴ イエスは女を裁かなかった 。罪を否定せず、存在を退けなかった。

  ⑵ イエスはシモンの「上から目線」を指摘した:「あなたは水も与えなかった」

  ⑶ 赦しは知恵ではなく愛に結びつけた:「多く赦された者は、多く愛する」

“しかし、イエスは女にむかって言われた、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。”

‭‭ルカによる福音書‬ ‭7‬:‭50‬ 口語訳‬

 →神の前で正しいのは、説明できる人ではなく、赦しを求めて立つ人

 →エリパズは正しい神を語ったが、ヨブは正しい神の前に立っていた。

③父に喜ばれる行動

 ❶2人の兄弟がケンカし、父に見つかった。

 ❷父は兄が悪いと判断し、あなたに叩く棒を持ってくるように言った。

 ❸あなたは大きくて硬い棒を持っていく?それとも小さくて柔らかい棒?

 →父が喜ぶのは、正しさ以上に兄弟を守る姿。

4。まとめ

エリパズと同じ失敗をしないようにしましょう。

 ❶エリパズは正しい神を語り、神を人間の理解に閉じ込めてしまった。

 ❷上から目線で、苦しんでいる人を裁こうとした。

 ❸苦しんでいる人を目の前に自分の正しさを守ろうとした。

ヨブは答えを持たなかったが、苦しみのまま神の前に立ち続けた。

 ❶私たちにできるのは、神様を教え、裁くことではない。慰めにならない。

 ❷共に神の前に立つ事が、神様に喜ばれる。慰めになる。

 ❸正しさではなく、愛をもって慰めましょう。

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