20260131ペテロ―私は大丈夫だ(ルカ22:61-62)

20260131土曜祈祷会

聖書:ルカ22:61-62

題目:ペテロ私は大丈夫だ

讃美:449

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

“主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われた主のお言葉を思い出した。 そして外へ出て、激しく泣いた。”

‭‭ルカによる福音書‬ ‭22‬:‭61‬-‭62‬ 口語訳‬

1。ペテロの持っていた危険性

①信仰生活で危ない人は?

 ❶「いい加減な人」ではない。「弱い人」でもない。一生懸命な人である。

 ❷その中で、真面目で、奉仕もして、祈りもして、「私は大丈夫だ」と思う人です。

 ❸ペテロは、まさにそうだった。

  ⑴信仰がなかったから失敗したのではない。

  ⑵むしろ、信仰があると思っていたから失敗した。

2。ペテロの「一生懸命さ」と「過信」

①ペテロは、本当に一生懸命だった。

 ❶イエス様を愛していた

 ❷信仰告白をした

 ❸危険な時にもついて行った

②でも問題があった。

 ❶「私は大丈夫です」

 ❷「他の人がつまずいても、私は違います」

 ❸主を信じる信仰が、いつの間にか自分を信じる信仰に変わっていた

「私は大丈夫」

 ❶イエス「あなたは、三度わたしを知らないと言う」

 ❷しかしペテロは、それを信じませんでした。

 ❸なぜなら、「自分はそんな人間ではない」と信じていたから。

④「私は大丈夫」が崩れ去る時

 ❶そして実際、恐れの中に置かれた時、ペテロはあっさり崩れた。

 ❷崩れたのは、信仰がなかったからではない。

 ❸自分を頼っていたからです。

主のまなざしと「本当の信仰」の始まり

 ❶三度目の否認のあと、主はペテロを見つめた。

 ❷この時、ペテロの中で崩れたのは、「弟子としての立場」ではない。

 ❸崩れたのは、「私は大丈夫だ」という自分への信頼

⑥ペテロが崩れて、初めて知ったこと

 ❶「私は、主がいなければ立てない」

 ❷「私は、祈らなければ守れない」

 ❸ここから、ペテロは本当の信仰者になる。

3。まとめ

①神は、私たちの一生懸命さを否定されない。一生懸命はいいこと。

②しかし神は、その一生懸命さに自分を頼る心が混じる時、それを砕かれる。

③なぜなら、それが砕かれなければ、主を本当に信頼できないから。

 ❶「私は大丈夫」その言葉が崩れ去る時、私たちは本当の信仰者になる。

 ❷私たちが自分を信じなくなることで、主を信じる人になる。

 ❸「私は一生懸命だから大丈夫」ではなく「私は主がいるから大丈夫」に変わろう。

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