20260912カヤパ―与えられた立場(ヨハネ11:45-53)
20260912土曜祈祷会
聖書:ヨハネ11:45-53
題目:カヤパ―与えられた立場
賛美:197
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
1。カヤパについて
カヤパはイエスの時代の大祭司ですが、注目ポイントとしては、約18年間と長くその地位にとどまった所です。当時、大祭司が短期間で交代することも多かった中で、これほど長くその地位にとどまったことは特別なことでした。そこには、彼自身の政治的判断力やローマとの関係を保つ能力があったと考えられます。
もう一つのカヤパの注目ポイントとしては、アンナスの娘婿であったことです。アンナスとは、以前に大祭司を務め、退任後も神殿において絶大な影響力を持ち続けた人物です。カヤパはアンナスを中心とする大祭司一族の重要な位置にいました。
しかし信仰の目で見るなら、カヤパが長く大祭司であったことも、神様の御手の中にあったと見ることができます。神様は、カヤパが大祭司であったその時代、その立場、その権威さえも用いて、御自身の救いの計画を進めておられた事を私たちは忘れてはいけません。
2。本文解説――知らずに語った預言
ヨハネ11章では、イエス様がラザロをよみがえらせたことをきっかけに、多くの人々がイエス様を信じるようになります。すると祭司長たちとパリサイ人たちは、「このままでは皆がイエスを信じるようになり、ローマ人が来て土地も国民も奪ってしまう」と恐れました。彼らが心配していたのは神様の御心ではなく、政治的な安定と自分たちの立場でした。
その時、大祭司カヤパが言いました。「ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策だ。」カヤパの考えは、「イエス一人を犠牲にすれば、国民全体を守ることができる」という政治的判断でした。イエス様が本当に誰なのか、神様が何をなさろうとしているのかを求めたのではありません。
しかし、ヨハネは驚くべき解説を加えます。「これは彼が自分から言ったのではない。彼がその年の大祭司であったので、預言したのである。」カヤパは自分が預言を語っているとは知りませんでした。彼はイエス様を殺すために語ったのです。しかし神様は、その言葉を用いて十字架の真理を語らせました。
カヤパが考えていたのは、イエス一人を犠牲にしてユダヤ人社会を守ることでした。しかし神様が成し遂げようとしていたのは、イエス・キリストが罪人の身代わりとなって死に、神の民を救うことでした。カヤパは十字架の意味を理解していませんでした。しかし神様は、彼の言葉さえも用いて救いの計画を前進させられたのです。
ここには大きな皮肉があります。カヤパは大祭司でした。しかし、本当の大祭司であるイエス様を目の前にしながら、そのイエス様を拒みました。本来、大祭司は神様の前に民を代表し、罪のために贖いの務めをし、民を神様へ導くために立てられた人です。ところがカヤパは、神様の御心を求めるよりも、「どうすればイエスを排除できるか」「どうすれば今の秩序を守れるか」と考えました。神様から与えられた立場を、神様のためではなく、自分たちの立場や安全を守るために用いてしまったのです。
3。適用――今の立場から神様の働きを考える
カヤパの姿は、私たちにも大きな問いを投げかけています。私たちにも、神様から与えられたそれぞれの立場があります。家庭では夫、妻、父、母という立場があり、仕事ではそれぞれの役割があります。教会でも牧師、長老、執事、勧士、奉仕者という立場があります。また、能力、経験、人間関係、時間も与えられています。
私たちは、それらを「自分が努力して手に入れたもの」と考えやすいものです。しかし信仰者は、そこで立ち止まらなければなりません。「神様は、なぜ私を今、この場所に置いてくださったのだろうか」と考えるのです。
カヤパが大祭司だったなら、その立場から神様の働きを考えるべきでした。民を神様に導き、神様の御心を求め、イエス様を見た時にも「この方は誰なのか」と尋ねるべきでした。私たちも同じです。父親として置かれているなら、「この家庭を通して神様は何をなさろうとしているのか」と考える。教会で奉仕するなら、「この奉仕によって自分が認められるか」ではなく、「この奉仕を通して神様は誰かを励まし、救い、成長させようとしておられるのではないか」と考えるのです。大切なのは、自分の立場をどう利用するかではなく、今の立場から神様の働きを考えることです。
そして、カヤパからもう一つ学ぶべきことがあります。それは、神様が自分を通して働いておられるのに、そのことに気づかないことの恐ろしさです。カヤパは知らずに預言しました。神様は彼を用いておられました。しかし本人は、自分が神様の御業の中に置かれているとは考えていませんでした。彼は「自分が国民を守っている」と思っていましたが、実際には神様がその状況を用いて救いの計画を進めておられたのです。
私たちも、自分の立場を自分の実力の結果だと思い、自分の計画を実現することに夢中になって、神様が今、自分を通して何をなさっているのかを見失うことがあります。だからこそ、「神様、あなたは私をなぜここに置かれたのですか。この家庭、この仕事、この教会、この人間関係を通して、何をなさろうとしているのですか。私の立場を、あなたの御心のためにどう用いることができますか」と尋ねなければなりません。そうすると、家庭も仕事も教会も、単なる「自分の生活の場所」ではなく、神様が私たちを遣わしておられる場所となります。
4。まとめ
カヤパは約18年間、大祭司として立てられました。その立場も時間も神様の御手の中にあり、神様はカヤパを通して「一人の人が民の代わりに死ぬ」という預言を語らせました。私たちも、今の立場や与えられたものを自分の力によるものと考えてはいけません。「神様はなぜ私を今、この場所に置かれたのか。ここで何をなさろうとしているのか」と考えましょう。そうしなければ、カヤパのように自分の立場を守ることで精一杯で、神様を見失なったままで終わってしまいます。神様が私たちを通して働いておられることに気づき、喜んでその御業に参加する者となれば幸いです。

