20260725ヘロデヤ―罪を正当化する者(マルコ6:21-29)

20260725土曜祈祷会

聖書:マルコ6:21-29

題目:ヘロデヤ―罪を正当化する者

賛美:284

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

「ところが、よい機会がきた。ヘロデは自分の誕生日の祝に、高官や将校やガリラヤの重立った人たちを招いて宴会を催したが、 そこへ、このヘロデヤの娘がはいってきて舞をまい、ヘロデをはじめ列座の人たちを喜ばせた。そこで王はこの少女に「ほしいものはなんでも言いなさい。あなたにあげるから」と言い、 さらに「ほしければ、この国の半分でもあげよう」と誓って言った。 そこで少女は座をはずして、母に「何をお願いしましょうか」と尋ねると、母は「バプテスマのヨハネの首を」と答えた。 するとすぐ、少女は急いで王のところに行って願った、「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆にのせて、それをいただきとうございます」。 王は非常に困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、少女の願いを退けることを好まなかった。 そこで、王はすぐに衛兵をつかわし、ヨハネの首を持って来るように命じた。衛兵は出て行き、獄中でヨハネの首を切り、 盆にのせて持ってきて少女に与え、少女はそれを母にわたした。 ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、その死体を引き取りにきて、墓に納めた。」

‭‭マルコによる福音書‬ ‭6‬:‭21‬-‭29‬ 口語訳‬

1。ヘロデヤ

 ヘロデヤはヘロデ大王の孫でした。最初は叔父ヘロデ・ピリポ(北東地方の領主ピリポとは別人)の妻でしたが、その後、ガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスと結婚します。しかしこの結婚は、神の律法に反していました。「あなたは兄弟の妻を犯してはならない」(レビ18:16)と書いてあります。

 バプテスマのヨハネは人格攻撃をしたのではありません。「あなたの結婚は律法にかなっていない。」神の御言葉を語っただけでした。しかしヘロデヤは、「私が間違っていた。」とは考えませんでした。自分を正当化し、「この人がいなければいい。」そう考えました。ここに罪の恐ろしさがあります。

 罪はいつも「もっと良い人生がある。」「もっと幸せになれる。」「今より良いものを手に入れられる。」と誘惑します。エバにも、「これを食べれば神のようになれる。」と誘惑しました。しかし罪は約束どおりの幸せを与えることはありません。

2。ヘロデヤは罪を隠すためにヨハネを殺した

 ヘロデの誕生日の宴会が開かれました。娘のサロメが踊ると、ヘロデは人々の前で、

「何でも欲しいものを与えよう。」と軽率な誓いを立てます。サロメは母ヘロデヤに相談しました。するとヘロデヤは迷うことなく、「バプテスマのヨハネの首を。」と言いました。彼女が本当に消したかったのはヨハネではありません。ヨハネの語る神の言葉でした。自分の罪を認めたくなかったからです。

 ヘロデ王は非常に心を痛めました。マルコ6章20節には、ヘロデはヨハネを恐れ、保護していたと書かれています。しかし、人の目を恐れ、自分の誓いを取り消す勇気がありませんでした。罪は一人で終わりません。ヘロデヤは、娘を利用し、夫を利用し、兵士まで罪に巻き込みました。罪は必ず周囲の人まで巻き込んでいきます。

3。適用 ― 「私は悪くない」と罪を正当化してはならない

 ヘロデヤは一時的には成功したように見えました。ヨハネは殺され、邪魔な人はいなくなりました。しかし最後はどうなったでしょうか。歴史によれば、ヘロデヤは夫アンティパスに、「王の称号を求めなさい。」と勧めました。兄のアグリッパ1世がローマ皇帝カリグラから「王」の称号をもらったことがきっかけでした。しかし、その野心が裏目に出ます。カリグラはアンティパスを反逆の疑いでガリアへ追放しました。ヘロデヤも共に追放され、すべてを失いました。

 罪は一時的には成功したように見えます。しかし最後には必ず人を滅ぼします。だから一番危険なのは、罪を犯すことだけではありません。罪を正当化することです。「私は悪くない。」「仕方がなかった。」「相手が悪い。」そう言い続ける時、人は悔い改めることができません。イエス様は言われました。

「もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう。しかし、今あなたがたが『見える』と言い張るところに、あなたがたの罪がある。」

(ヨハネ9:41)

罪を認めない人には赦しがありません。しかし、「神様、私が間違っていました。」と告白する人には、神様は赦しと新しい歩みを与えてくださいます。私たちはヘロデヤのように罪を正当化する者ではなく、ダビデのように、「わたしは主に罪を犯しました。」(サムエル記下12:13)と告白できる者となりましょう。その時、神様は私たちを赦し、回復させてくださいます。重要なのは、正しく見せることではなく、罪を見つけ出して悔い改めることです。

4。まとめ

 あなたは罪を指摘されたとき、「私が悪かった」と悔い改めますか。それとも「私は悪くない」と正当化しますか。神様は罪を正当化する人ではなく、「私が間違っていました」とへりくだって悔い改める人を赦し、新しい歩みへと導いてくださいます。

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