20260614あなたの人生の船長は誰か?(ヨハネ21:3-6)
20260614日本語礼拝
聖書:ヨハネ21:3-6
題目:あなたの人生の船長は誰か?
賛美:79、302、401
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「シモン・ペテロは彼らに「わたしは漁に行くのだ」と言うと、彼らは「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って舟に乗った。しかし、その夜はなんの獲物もなかった。 夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。しかし弟子たちはそれがイエスだとは知らなかった。 イエスは彼らに言われた、「子たちよ、何か食べるものがあるか」。彼らは「ありません」と答えた。 すると、イエスは彼らに言われた、「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」。彼らは網をおろすと、魚が多くとれたので、それを引き上げることができなかった。」
ヨハネによる福音書 21:3-6 口語訳
1。船長の重要性
① 人類にとって、古代から重要な長距離移動の手段の一つが「船」
❶1日に進む距離:馬車が50km程度なら、船は風が良ければ100km以上。
❷馬車が運べる荷物が1トン程度なら、船は数百〜数千トン。
❸そのため、貿易や人々の移動は、ほとんど船によって行われていた。
❹ 生活や経済を支える重要な船だが、船だけでは目的地にたどり着くことはできない。②「漕ぎ手」と「船長」の存在
❶漕ぎ手は実際に船を動かす人。船長は方向やタイミングなどを決める人。
❷漕ぎ手がどれほど優秀でも、船長の判断が間違えれば、船は危険になる。
❸船長が正しい方向を示せば、船は安全に目的地へ向かうことができる。
③船旅によく例えられる人生
❶多くの人は、人生の「漕ぎ手」も「船長」も自分だと考え、そう望んでいる。
❷しかし聖書は、「船長」は神様で、「漕ぎ手」が私たちであると教えている。
❸船長の導きに従って漕ぐことで、人生をという船旅を全うすることができる。
❹みなさんの人生の船長は誰でしょうか?
2。本文解説
①3節:ペテロ「私は漁に行く」弟子達「私達も一緒に行こう」
❶かつて、漁師だったペテロは「人間をとる漁師」になるため、イエスについて行った。
❷しかし今、故郷のガリラヤに戻って、魚をとる漁師に戻ろうとしている。
❸他の弟子達も影響力のあるペテロに従って船に乗った。
②3節:しかし、その夜は何の獲物も取れなかった
❶ガリラヤ湖の漁は通常夜に行われていた。つまり最も良い時間帯に出て行った。
❷そして彼らはプロの漁師集団(ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、おそらくアンデレ)。
❸しかし、一匹も捕まえることができなかった。完全な失敗。
③4節:「夜明けにイエスが岸に立っていたが、弟子達はイエスだとわからなかった」
❶弟子達が船の上で慌てている時、イエスは岸で全体を見ていた。
❷イエスだと判別できなかったのは、薄暗くて、岸まで距離があるからだけではない。
❸弟子達は「今日何匹取れるか」で頭がいっぱいだったから。
④5節:イエス「子達よ、何か食べるものはあるか?」弟子達「ありません」
❶父親が子供に呼びかけるような温かい言葉。弟子達を心配している。
❷弟子達は、自分たちが失敗して、何も食べるものがないことを素直に認めている。
❸経験も船も網も時間も人数もあったのに、自分たちの空しさを告白している。
⑤6節:イエス「船の右の方に網を下ろして見なさい。そうすれば何か取れるだろう」
❶場所を変えろとか、網を変えろとは言わず、船の左から右に変えろと言った。
❷左と右では数メートルの差で、違いが出るはずもない。素人の助言に聞こえる。
❸漁師のプライドがあれば、従いたくない言葉かもしれない。
⑥6節:「網を下ろすと、引き上げられないほど多くの魚が取れた」
❶自信を失ったペテロ達は言う事を聞くしかなかった。
❷その結果、大成功を収めた。
❸そして弟子達は、その人物がイエスだと気付いた。
3。適用
①重要なのは誰に従うのか、ということ。
❶魚が取れたのは、何が変わったから?
⑴変わったのは、網でも船でも漁師でも場所でもない。
⑵変わったのは、船長。
⑶イエスを船長として指示に従ったから、魚が取れた。
❷何が重要なのか?
⑴右か左かが重要なのではない。指示の的確さや説得力以上に重要なことがある。
⑵誰に人生の指揮権を渡しているか、ということが重要。
⑶重要なのは、自分が船長なのか、キリストが船長なのか?
❸神様は私たちの何を見ているか?
⑴どれだけ愛の行いをしたか、素晴らしいことをしたか、ではない。
⑵どれだけ優れた人格者で、人々の信頼を集めたか、でもない。
⑶どれだけ神様を船長とする生き方をしているかを見ている。
❹自分の人生を神様に委ねる生き方をしよう。
⑴社会では、従わなくても、結果さえ出せば認められるかもしれない。
⑵しかし神の国では、いくら努力して結果を出しても、従わないなら認められない。
⑶結果ではなく、神様を神様として認める関係性を通して、神の国の祝福を得る。
②キリストを船長にするためには?
❶自分の人生の船長にはなれないことを受け入れましょう。
⑴ペテロ達は、私たちには「ありません」と認め、イエスの言葉に従うようになった。
⑵自分には何かできると思っている間は、指揮権を手放すことができない。
⑶自分達の空しさを完全に認めてこそ、キリストに船長の座を明け渡すようになる。
❷納得できなくても、従ってみましょう。
⑴「船の右の方に網を下ろしなさい」は意味不明な指示。しかしペテロ達は従った。
⑵決して納得してから従ったのではない。しかし従うことで魚を得た。
⑶信仰は、従ったら理解できるようになる、ということがたくさんある。
❸大きなことではなく、まず小さなことから従いましょう。
⑴ペテロ達の変化は、左から右に変えるという小さな変化から始まった。
⑵そして大量の魚を見て、「あれは主だ」と告白した。
⑶人生の指揮権を手放すことは簡単ではない。小さなことから始める必要がある。
❹毎日の船出の前に「今日はあなたが船長です」と祈りましょう。
⑴私たちは1日の航海の中で何度か重要の場面に出会う。
⑵この言葉を言うべきか。このお金をどう使うか。この人を赦すべきか。
⑶その時に「船長は誰だったか」を思い出すことができる。
「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。」
ガラテヤ人への手紙 2:20 口語訳
4。まとめ
①皆さんの人生の船長は誰でしょうか。
②ペテロたちは経験も技術も持っていましたが、自分たちを船長とした時には何も得ることができませんでした。しかし、イエスの言葉に従った時、豊かな実りを経験しました。
③人生を変えるのは、船の大きさや漕ぎ手の能力ではなく、誰を船長としているかです。
④今日から「主よ、あなたが私の船長です」と祈りながら歩んでいきましょう。
⑤キリストに船長の座を譲り、船長に従って行動する時、、私たちを最も良い「漕ぎ手」となり、良い港へ導びかれますいてくださいます。アーメン。

