20260610悔い改めを求める神(ヨブ40:4-8)📺
20260610水曜礼拝
聖書:ヨブ40:4-8
題目:悔い改めを求める神
賛美:261、262
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「見よ、わたしはまことに卑しい者です、 なんとあなたに答えましょうか。 ただ手を口に当てるのみです。 わたしはすでに一度言いました、また言いません、 すでに二度言いました、重ねて申しません」。 主はまたつむじ風の中からヨブに答えられた、 「あなたは腰に帯して、男らしくせよ。 わたしはあなたに尋ねる、わたしに答えよ。 あなたはなお、わたしに責任を負わそうとするのか。 あなたはわたしを非とし、 自分を是としようとするのか。」
ヨブ記 40:4-8 口語訳
1。まずその満ちたものを空にしなさい
①空の茶碗
❶ある大学教授が禅を学びに、師匠である禅僧の家にやってきた。
❷教授は自分の知識を延々と語り、師匠は黙って茶を注ぎ続けた。
❸溢れ続ける茶碗を見て、教授が「もう入りません!」と言った。
❹師匠「あなたの心も、この茶碗と同じです。空にしなければ何も入りません。」
❺意味は、自分が満たされていると思っている人は、それ以上何も入らないという事。
❻つまり、「自我を空にしなさい」という教訓をこの逸話は教えている。
②ヨブ記38章
❶ヨブは自分は正しく、苦しみの理由を神様は説明すべきだと考えていた。
❷かわいそうなヨブの前に、神様は嵐の中に現れて、たくさんの質問を投げかけた。
❸苦しみの理由を説明せず、ご自分の偉大さを教えた。
❹それは、ヨブが神ではなく、どれだけ正しく生きても、人であることを教えるため。
❺苦しみの理由を知る事ではなく、神様を信頼する事で平安を得させるため。
❻つまり、自分の無力さを心の底から受け入れるように、教えている。
2。本文解説
①4節「見よ、私は真に卑しい者です。何とあなたに答えましょうか。ただ手を口に当てるのみです。」
❶ヨブは自分を「軽い」「小さい」「取るに足りない」存在だと認めた。
❷つまり、神様と対等に争う存在ではない事、神ではない事を認めている。
❸手を口に当てるとは、議論をやめて降伏するという合図。
②5節「私はすでに一度言いました。また言いません。すでに二度言いました。重ねて申しません。」
❶「一度」「二度」という表現は、「何度も」「十分に」という強調表現。
❷日本語の「一度ならず二度までも」「何度も何度も」と重ねていう表現に似ている。
❸つまり、これ以上自分の主張を積み上げることはしません、という意味。
③6−7節「主はまたつむじ風の中からヨブに答えられた」「あなたは腰に帯して、男らしくせよ。私はあなたに尋ねる、私に答えよ。」
❶ヨブは降伏したのに、神様は最初に現れた時と同じ発言をしている。
❷降伏したヨブを慰めるのではなく、さらに追求を続けようとしている。
❸ヨブの心の奥に、まだ残っているものがある事を見抜いている。
④8節「あなたはなお、私に責任を負わそうとするのか。あなたは私を非とし、自分を是としようとするのか。」
❶直訳「自分を義とするために、神が間違っていると言おうとしているのではないか?」
❷ヨブは黙って、自分の義を手放したように見えた。
❸しかし心の向きは自分の義に向かっていた。
❹ヨブが自分自身をどれほど理解していたかは不明だが、神はその心を見抜いていた。
⑤ヨブの過ちは何か?
❶苦しみに耐えられなかった事ではない。
❷友人の意見を聞き入れなかった事ではない。
❸自分の正しさを手放さなかった事である。
❹そして今、まだその方向を変えていないことが問題である。
⑥だから神様は追及をやめなかった。
❶友人達のように、ヨブを打ち負かしたかったからではない。
❷ヨブが自分の正しさを手放さなかったからではない。
❸ヨブが口先では黙っても、心から悔い改めをしなかったから。
3。適用
①神様は徹底的な悔い改めを望んでいる。
「この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。」
マタイによる福音書 4:17 口語訳
❶この世は自分の義を握らせる。
⑴ユダヤ人たちの視線は、ローマ打倒に向いていた。
⑵自分ではなく、周りの人々に目が向いていて、相手の悔い改めを望む。
⑶自分の義にしがみつき、相手を批判する。「私が悪いんじゃない」
❷宗教は自分の義を手放せる。
⑴パリサイ人は、ローマよりも、自分たちが正しく生きる事に目が向いていた。
⑵宗教は、外から内に、自分の心に目を向けさせる。
⑶悟りには、高慢な心が邪魔になる。「自分を空にしなさい」
❸聖書の神様は悔い改めまで求める。
⑴イエスは、人々に心の向きを変えなさいと教えた。
⑵自分の義を一時手放せても、また掴もうとするのが人間。
⑶自分ではなく、視線を神様に向けさせるのがイエス。「悔い改めなさい」
❹悔い改めのない信仰生活
⑴ある女性が自殺直前に教会に導かれた。
⑵イエスの十字架と愛を教えられ、新鮮な気持ちで信仰生活を始めた。
⑶教会での奉仕、社会活動などが彼女に生きる喜びを与えた。人々は賞賛した。
⑷しかし歳を取ると、新鮮だったものが色褪せていき、退屈や疑いを覚えていった。
⑸ある牧師が言うには、彼女の信仰生活に「悔い改め」がなかった事が原因だった。
⑹私たちは日々悔い改め、視線を神様に向ける必要がある。
❺神様が望んでいるのは勝ち負けではなく、私たちの徹底した悔い改めである。
②神様に全てを徹底的に注ぎ出そう。
「夜、初更に起きて叫べ。 主の前にあなたの心を水のように注ぎ出せ。 町のかどで、飢えて 息も絶えようとする幼な子の命のために、 主にむかって両手をあげよ。」
哀歌 2:19 口語訳
❶ヨブは黙り込んだが、その心はまだ自分に向いていた。
⑴神様が責める人と慰める人の違いは何か?例)サウルとペテロ
⑵どれだけ正しく生きてきたか、罪を避けてきたかではない。
⑶心が神様に向かっているかどうかが、一つの重要なポイントではないか。
❷大切なのは神様に向かうこと。
⑴ヨブだけでなく、詩編の著者達もひどい事を言っている。
「主よ、起きてください。なぜ眠っておられるのですか。 目をさましてください。 われらをとこしえに捨てないでください。」
詩篇 44:23 口語訳
「その子らをみなしごにし、 その妻をやもめにしてください。」
詩篇 109:9 口語訳
「あなたのみどりごを取って 岩になげうつ者はさいわいである。」
詩篇 137:9 口語訳
⑵なぜこんなものを聖書に載せているのか?
⑶一番重要なのは、神様に心が向かっているかどうか。
❸ヨブも詩編の著者達も心が神様に向かっていた。
「善人は良い心の倉から良い物を取り出し。悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。」
ルカによる福音書 6:45 口語訳
⑴口先だけの改心は要らない。心の中のものを全てが神様に向かうことが大切。
⑵最初は、悪いものが出るかもしれない。
⑶しかし聖霊の実を結ぶ時、私たちの心には良いものが溢れ、良いものが出てくる。
❹ヨブを立て続けに責めた理由。
⑴ヨブが憎いわけでも、ヨブに勝つためでもない。
⑵ヨブを愛していたからこそ徹底的に攻め続け、心の全てが神様に向くようにした。
⑶神様は、徹底的な訓練を通して、ヨブを成長させた。
❺苦難の中でも、不器用でも、心の全てを神様に向けることを神様は待っている。
4。まとめ
①ヨブは口では黙ったが、神様はさらに問いかけた。
②それは神様が勝ち負けを求めていたからではなく、
ヨブの心が完全に神様へ向くことを願っていたから。
③神様が求めているのは、私たちの正しさの証明ではなく、悔い改めである。
④だから私たちは苦しみも怒りも疑いも隠さず、神様の前に注ぎ出しましょう。
⑤その時神様は、私たちを砕き、清め、より深くご自身へと導いてくださいます。

