20260121信仰者の叫び(ヨブ3:11)📺

20260121水曜礼拝

聖書:ヨブ3:11

題目:信仰者の叫び

賛美:492、494

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

“なにゆえ、わたしは胎から出て、死ななかったのか。腹から出たとき息が絶えなかったのか。”

‭‭ヨブ記‬ ‭3‬:‭‭11‬ 口語訳‬

1。ヘレン・ケラー(1880–1968)

① 3重苦

 ❶身体的障害

  ⑴1歳半の頃に病気のため、視覚と聴覚を同時に失った

  ⑵そのため会話ができなくなった

  ⑶1歳前後には「こんにちは」などの簡単な言葉を話せていた。

 ❷孤独と絶望の心理的状態

  ⑴「完全な闇と沈黙の牢獄に閉じ込められている」と表現される状態。

  ⑵「希望という言葉を知らなかった」

  ⑶生きる意味が見えず、存在の価値を感じられない状態

 ❸潜在的な感覚と神への予感

  ⑴物理的な感覚は遮断されても、何かの存在(愛や温もり)を感じていた

  ⑵この「感覚」は後の信仰の芽生えの土台となる。

② アン・サリヴァン先生との出会い

 ❶言葉の学びと理解の体験

  ⑴手話を通じて言葉を学んだ。

  ⑵「理解され、愛されている」経験を持つようになった。

  ⑶サリヴァン先生は亡くなるまでの50年間ヘレンの人生を支えた。

 ❷信仰への導き

  ⑴サリヴァン先生自身は信仰を強く説いたわけではない。

  ⑵しかし、態度や愛の示し方を通してヘレンは神を感じた

  ⑶言葉を教える際、聖書も用いたことで、キリストを知り、神の愛を体験する

③ ヘレンの信仰告白

 ❶信仰表明「私は神を信じます。目に見えず、耳で聞こえずとも、私は神の愛を

  感じます。私の心は神によって満たされ、私は神の導きに従う喜びを知っています。」

 ❷生きることへの意思

  3重苦の中でも、絶望せず、人生を積極的に生きる決意を持った。

 ❸ヘレンは学びと信仰を通して、自分の命に意味を見出した

  ⑴苦しみの中でも、命は神の愛に包まれた祝福であると理解した。

  ⑵その結果、教育者・作家・社会活動家として世界に大きな影響を与えた

④生かされている意味を考える

 ❶喜びや祝福の中では考えない。

 ❷しかし、苦しみや悲しみの中で、自分の命や存在について考えるようになる。

 ❸ヨブは苦しみの中で生きる意味を問うようになった。

→ヨブ3章では、命の祝福を再認識することの大切さを学ぶことができます。

2。本文解説

① ヨブの呪い(1〜10節)

 ❶「ヨブは…自分の生まれた日を呪った」(1)

  ⑴「あの日がなければよかった」「生まれなければ良かった」という思いを表現。

  ⑵ヨブは神を呪ったわけでも、自分自身を呪ったわけでもない

  ⑶これは、極度の中での正直な感情の吐露であり、信仰を放棄したわけではない。

  ⑷人間は苦しみの中で感情が揺れることがあり、それ自体は罪ではない

②「なぜ生きているのか」という問い(11節以降)

 ❶「なぜ私は胎から出て死ななかったのか」(11)

  ⑴生まれずに死んだほうが良かったという意味。

  ⑵単に生まれた日を呪うことから、次の段階に入る。

  ⑶生きることそのものの意味を考え始める。

 ❷祝福と呪いが入れ替わる

  ⑴本来、子供が生まれること、生きること、命を与えられることは祝福。

  ⑵しかしヨブは、不妊、死、墓をむしろ祝福だと言う。

  ⑶祝福が逆に呪いのように感じられるほど、苦悩している。

  ⑷命の価値や意味を問い直し始めている。

③ 死を望みながら自殺はしない(命の主権)

 ❶ヨブは死を望むが、自ら命を絶つことはしない

  ⑴妻から言われた時も、拒否した。

  ⑵命が自分の所有ではなく、神の主権のもとにあると暗黙に認めているから。

  ⑶ヨブは絶望の中でも神様を否定せず、命の意味を神様に問い続ける。

  ⑷これにより、苦しみの中であっても、神様に信頼する姿勢が失われていない。

3。適用:私たちへのメッセージ

生きていることはそれでも祝福である

 ❶苦しみや絶望の中でも、命そのものは神からの賜物。

 ❷命はどんな時も神の善意の中で与えられたものとして感謝することが大切。

 ❸冷静に考えれば、それ以外に感謝すべきことは山ほどある。

  例)九九を間違えた生徒、指先の怪我で体全体の痛み

生きる意味を考えることは大切

 ❶ヨブは苦しみの中で自分の存在意義を問い、神に問いかけた。

 ❷自分の命や生きる目的を神に委ね、問うことは信仰の成熟に繋がる。

 ❸ なぜ苦しいのかを考えることよりも、なぜ生きるのかを考えることが大切。

苦しい時こそ、神様の思いに焦点を合わせよう

 ❶苦しみの中でも、神の善意と主権を信頼し、神の計画に自分の命をゆだねよう。

 ❷神の計画は、命を豊かに得させることだから。

 ❸私たちの命も、神の目的の中で豊かに意味あるものとして生かされるのです。

④イエスの教え

“盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。”

‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭10‬:‭10‬ 口語訳‬

 ❶命を豊かに得させるとは「ゾーエ」のことで「神との関係の中で生きる命」

  ⑴長生きすることや健康、成功、お金のある豊かな生活ことではない。

  ⑵イエスは苦しみをなくすために来た、とは言っていない。

  ⑶神から切り離されない命=死や苦しみ、不条理の中でも失われない命を与える。

 ❷神様との関係が私たちに豊かな命を得させ、平安を与える。

  ⑴ヘレンケラーは視力も聴力失ったが、神の愛を感じていきた。=豊かな命

  ⑵ヨブは健康も家族も財産も失ったが、神を見ることになる。=豊かな命

  ⑶イエスは仲間も名誉も命も失ったが、神との関係はきれなかった。=豊かな命

   「父よ、私の霊を御手に委ねます」(ルカ23:46)

 ❸不安を感じるから、痛みがあるから、神様から離れているのではない。 

  ⑴神様との繋がりを感じているのであれば、それは豊かな命であり、平安が来る。

  ⑵「なぜ苦しむのか」ではなく「なぜ生きるのか」が信仰者の叫び。

  ⑶苦しい中でも神様に「生きる意味」を問い続け、関係を持ち続けましょう。

 

4。まとめ

ヨブ記3章は、苦しみの極みの中で「生きる意味」を神に問い続ける信仰の物語。

 ❶嘆きや問いは信仰の崩壊ではなく、神の主権と命の価値を手放さない姿勢。

 ❷ヨブは死を望みつつも、自ら命を絶たず、命が神の主権下にあることを認めていた。

 ❸問い続ける姿そのものが、神から離れない信仰の証となった。

②生きる意味を神様に問うことは、信仰の成熟につながる。

 ❶ 苦しみの理由を問うことをやめ、「誰と共に生きているか」を大切にしよう。

 ❷私たちはすでにイエスキリストによって豊かな命を与えられている。

 ❸自分の生命を神に委ね、感謝と目的をもって歩み、豊かな命を生きる事を願います。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です