20251125自分を良く見せる人々(使徒25:23-27)

20251125早天祈祷会

聖書:使徒25:23-27
題目:自分を良く見せる人々
賛美:354、358

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会


【聖書朗読】(使徒の働き25章23〜27節)

翌日、アグリッパとベルニケとは、大いに威儀をととのえて、千卒長たちや市の重立った人たちと共に、引見所にはいってきた。すると、フェストの命によって、パウロがそこに引き出された。

そこで、フェストが言った。
「アグリッパ王、ならびにご臨席の諸君。ごらんになっているこの人物は、ユダヤ人たちがこぞって、エルサレムにおいても、また、この地においても、これ以上、生かしておくべきでないと叫んで、わたしに訴え出ている者である。

しかし、彼は死に当ることは何もしていないと、わたしは見ているのだが、彼自身が皇帝に上訴すると言い出したので、彼をそちらへ送ることに決めた。

ところが、彼について、主君に書きおくる確かなものが何もないので、わたしは、彼を諸君の前に、特に、アグリッパ王よ、あなたの前に引き出して、取調べをしたのち、上書すべき材料を得ようと思う。

囚人を送るのに、その告訴の理由を示さないということは、不合理だと思えるからである。」


【1.本文解説】

① カイサリヤの宮殿での取り調べ

❶ 参加者

(1)ガリラヤの領主ヘロデ・アグリッパ2世とベルニケ
(2)ユダヤ総督フェスト
(3)千人隊長たち、市の首脳たち(大半が異邦人)


❷ 目的その1

(1)フェストはパウロをただで解放することを避けたかった
(2)パウロはサンヘドリンでの裁判を拒否し、カエサル(皇帝ネロ)に上訴した
(3)そのため、パウロの告訴状を作成する目的で集まった
   アグリッパなら良い案を出すと期待していた


❸ 目的その2

(1)アグリッパに知恵を求めることで、彼を持ち上げる意図があった
(2)本来、ユダヤの管理者はアグリッパではなくフェストである
(3)しかし、新任のフェストはアグリッパと良好な関係を築こうとしていた


② それぞれの対比

❶ フェスト

(1)パウロに罪がないことを認め、ヘロデに知恵を求めようとする正直さがあった
(2)しかし、この相談は不正を行うためのものであった
(3)罪状がないなら釈放が当然であるが、それをしない点に誠実さの欠如がある


❷ ヘロデ・アグリッパ

(1)豪華な姿で現れた
(2)王ではなく領主であるにもかかわらず、自分の権威を王のように示そうとした
(3)自分を表すための席についた


❸ パウロ

(1)鎖につながれた囚人として現れた
(2)しかし、それは福音を伝えるためであった
(3)キリストを表すための席についた


【2.適用】

① この世の人々と私たちの違い

この世の人々は自分を良く見せようとしますが、
私たちはキリストを表す者です。


❶ フェスト(政治的統治者)

(1)ユダヤ人に良く見られたいため、パウロを解放しなかった
(2)アグリッパに良く見られたいため、知恵を求めた
(3)罪のない者を助けようとする思いがなかった


❷ ヘロデ・アグリッパ(宗教的管理者)

(1)フェストやカイサリヤの有力者に良く見られようとした
(2)そのために立派な服を着て現れた
(3)罪のない者を助けようとする思いがなかった


❸ パウロ(囚人)

(1)イエス・キリストをローマで伝えるために上訴した
(2)自分を良く見せようとせず、真実を求めた
(3)囚人であることを恥としなかった


② 大阪中央教会に求められること

❶ 人に良く見られようとする心を捨てましょう

❷ フェストやアグリッパのように見せかけにこだわるのではなく、

❸ 真実を宣べ伝えるパウロのようになりましょう


【3.まとめ】

① 自分を良く見せることをやめ、良い行いをしていきましょう

② 私たちはいつでも、キリストを表す者として生きましょう

③ そうすれば、たとえ鎖につながれる状況であっても、人の目を恐れず、大胆に生きることができます​ 

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