20250823誰が生き残るのか(ゼパニヤ1:12-13)
20250823土曜祈祷会
聖書:ゼパニヤ1:12-13
題目:誰が生き残るのか
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
序論
「主は良いことも、悪いこともしない」と言う人々を、神は罰されるとあります(ゼパニヤ1:12)。
これは、神が働いておられないかのように考え、実際の生活では神を無視して生きる人々への警告です。
本日は、ゼパニヤ書を通して「誰が生き残るのか」を考えていきます。
1.預言者ゼパニヤとは
(1)ゼパニヤの人物像
ゼパニヤという名前には、「主が隠される」「主が隠している」という意味があります。
彼はアッシリアが衰退していく時期に、ユダと周辺諸国に対して神の裁きを預言しました。
また、彼は系図を5代さかのぼってヒゼキヤ王の名を記しており、王族出身という珍しい背景を持つ預言者です。
イザヤと同様に、彼は神の裁きと同時に「残される者」の存在も語りました。
彼は人の権力ではなく、神の権威に頼って生きた人物でした。
(2)南ユダ王国の問題
ゼパニヤ書1章では、神の厳しい裁きの言葉が繰り返されます。
「一掃する」「絶ち滅ぼす」「断つ」「罰する」といった言葉が何度も登場し、神が罪を見過ごされないことが強調されています。
特に12〜13節では、人々の信仰の状態が描かれています。
彼らは、ワインの澱のように沈み固まり、動かない状態にありました。
心の中では「神は何もしない」と考え、実際の生活では偶像や富に頼り、神を遠い存在として扱っていました。
つまり、形だけの信仰生活に陥っていたのです。
2.誰が生き残るのか
(1)信仰と生活が結びついている者
生き残る者とは、単に信仰を持っている人ではありません。
信仰と生活が一致している人です。
逆に言えば、信仰を持たない人だけでなく、信仰と生活が分離している人も生き残ることはできません。
イエスもこう言われました。
「『主よ、主よ』と言う者がみな天国に入るのではなく、父のみこころを行う者が入る」(マタイ7:21)
聞くだけで行わない人は、神と結びついていないのです。
(2)何を行うべきか
では、具体的に何を行えばよいのでしょうか。
ゼパニヤ書3章13節にはこうあります。
「残りの者は偽りを言わない」
つまり、真実に生きることです。
たとえ自分に不利益があっても、問題が複雑になりそうでも、嘘をつかない。
そのような誠実な生き方が求められています。
その結果、彼らは安心して生きることができ、恐れることがなくなると約束されています。
3.まとめ:二つの生き方
(1)形だけの信仰生活
ユダの人々のように、
- 表面上は信仰を守っているように見える
- しかし実際には自分の力や富、この世に頼っている
- 神が働いていないかのように生きている
このような生き方は、最終的に滅びに至ります。
(2)生き残る者の信仰生活
一方、生き残る者とは、
- 自分の考えではなく、神の考えに従い
- 今も働いておられる神の御言葉を聞き
- それを実際に行う人
です。
このようにして、信仰と生活が一致した歩みをする者が、真に生き残る者となるのです。
結論
神は今も働いておられます。
そして、形だけの信仰ではなく、実際の生き方を見ておられます。
だからこそ私たちは、
信仰と生活を一致させる歩みを選び取りましょう。
御言葉を聞くだけでなく、行う者となるとき、
私たちは神の前に「生き残る者」となるのです。

