20220423アブラハム第二の試練(創世記13:1-18)
20220423土曜祈祷会・家庭礼拝
聖書:創世記13:1-18
題目:アブラハム第二の試練
賛美:250
説教:高曜翰 伝道師
場所:大阪中央教会・家庭
アブラハム第二の試練(富の重さ)
※第一の試練:飢饉の重さ
テーマ:目に見える自分の富よりも、目に見えない神の栄光を選ぶ
1.ロトとのトラブル(13:7)
- 豊かさが引き起こした問題
- 貧しいときは助け合っていたが、豊かになると争いが起こった。
- ロトはアブラハムのおかげで豊かになったが、高慢にもなった。
- ロトもアブラハムと同じ神を信じる者であった。
- 例:稼ぎ額で妻に威張る夫
- 例:勤め先で態度を変える友達
2.カナン人とペリジ人(13:7)
- アブラハムの懸念は、自分の利益の損失ではなかった。
- 神の民の争いを人々に見せることは、神の名を汚すことになる。
- 神の民が争うことで、周囲に漁夫の利を与えてしまう。
3.アブラハムの提案(13:9)
- アブラハムは謙遜さから、目に見えないもの(信仰)を選択した。
ロトは自分の利益中心で行動し、堕落した地域(ソドム)を選んだ。 - アブラハムは人間的な計算ではなく、信仰に委ねた。
- 平和のために自分の望みを放棄した。
- ❌「自分はこんなに我慢しているのに」という態度ではない。
4.神の約束(13:15–17)
- アブラハムは、結果としてより大きい富を得ることになった。
ロトは財産だけでなく妻も失い、娘は不道徳に陥ることになる。 - 見えるものは過ぎ去るが、見えないものは永遠に続く(2コリント4:18)。
- 神の前で、善か悪かが大切である。
5.イエス・キリストの教え
- 人は神と富(お金)の両方に仕えることはできない(マタイ6:24)。
- 富(お金)が悪いのではない。
悪いのは、お金を主人として生きること、すなわちお金のために生きる姿勢である。 - 人は本来、神様のために生きる存在である。
- 神に主権を置いて生きる人に富が与えられるべきである。
- → お金のために生きる生き方は、神様が喜ばれない。
6.ゲーム制作者の例
- (昔)子どもが喜ぶゲームを作る。製作者としての意地があった。
(今)儲かるゲームを作る。「儲かれば、だまされる方が悪い」という考え。 - 何のために生きるのか。何を主人として生きるのか。
- お金を主人にしてはいけない。
→ ノンクリスチャンでも、お金を主人にして生きる人を見ると嫌悪感を覚えることがある。
7.私たちの生き方
- 何を主人として生きているか?
- アブラハムのように神のために生きるのか?
- ロトのようにお金のために生きるのか?
- アブラハムの試練が教えること:
- お金があるから豊かになり平安を得るのではない。
- 神の栄光のために生きるとき、豊かさと平安が与えられる。
- 間違った方向の努力、この世のものを追い求める考えには意味がない。
- だからこそ、自分の考えや行動が何のためのものか振り返ってみよう。

