20210603言行不一致の罪(ローマ2:17-29)

20210603早天祈祷会

聖書:ローマ2:17-29
題目:言行不一致の罪

賛美:261

説教:高曜翰 伝道師

場所:Jesus Love Church


1.言行不一致の罪

私たちは、次のように思うことがあります。

  1. 律法(율법)を持っているから大丈夫だ。
  2. 神様がいるから大丈夫だ。
  3. 神様の御心を知っているから大丈夫だ。
  4. 何をすべきか分かっているから大丈夫だ。
  5. 人々を導く教師だから大丈夫だ。

しかし実際には、こうなりがちです。

  • 人に教える一方で、自分自身は守らない。
  • 「盗むな」と教えながら、自分は盗む。
  • 「姦淫するな」と言いながら、自分は犯す。
  • 偶像(우상)を嫌っていながら、自分は神殿のものをかすめる。
  • 律法を誇りに思いながら、律法に違反し、神を侮る。

これは、身近な家族関係でも起こることです。
父や姉に「矛盾していますよ」と注意しても、礼儀がなっていないと怒られることがあります。
日本では「大人とはそういうものだ」「そういう病気だ」と片付けられることもあります。


2.割礼の価値

割礼(할례)は、祝福の保証ではありません

  • 割礼を受けたからといって、どんなことをしても地獄に行かないわけではありません。
  • 割礼後の継続的な生活や行いが大事です。
  • 律法に背くなら、外面的に割礼を受けていても、心の上では無割礼と同じです。

一方、異邦人であっても、律法を守るなら、割礼を受けたのと同じ価値があります。

  • 外的ユダヤ人:体の割礼、律法の文字による割礼
  • 内的ユダヤ人:心の割礼、御霊による割礼(성령의 할례)

また、特権(特別な立場)には責任が伴います。
ユダヤ人は特権を与えられていましたが、その責任を果たしていませんでした。
特権そのものが救いではなく、特権があるから優れているわけでもないのです。


結論

神様を信じているから大丈夫だ、毎週教会に行っているから大丈夫だ、献金しているから大丈夫だ——
そう思うだけでは十分ではありません。
大切なのは、愛する気持ちを忘れずに行動することです。

たとえば、

  • 「妻に誕生日プレゼントをしたからもう大丈夫だ」
    ではなく、
  • 「愛する気持ちを持って生きること」

それが信仰における本当の態度です。​ 

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