20260419私たちはぶどうの枝(ヨハネ15:1-5)📺

20260419日本語礼拝

聖書:ヨハネ15:1-5

題目:私たちはぶどうの枝

賛美:50、446、546

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。 わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。 あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」

‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭15‬:‭1‬-‭5‬ 口語訳

1。なぜぶどうの枝?

①イスラエルの主要農産物は何か?

 ❶7つ:大麦、小麦、ざくろ、オリーブ、なつめやし、いちじく、ぶどう

  ⑴イエスは弟子たちにわかりやすく説明するためにぶどうを選んだ。

  ⑵しかしなぜぶどうの枝なのか?

 ❷切り落とされたら価値を失うのがぶどうの枝

  ⑴大麦、小麦は独立している

  ⑵ざくろの枝は硬くてしっかりしているので道具に使われる

  ⑶オリーブの枝は硬くて美しい木目なので高級木材に使われる

  ⑷なつめやしの枝は建築材料に使われる。

  ⑸いちじくの枝は柔らかくて軽いが、低品質の薪にはなる

  ⑹ぶどうの枝は薪にもならず、木材の価値がない。

 ❸手入れがないと実を結ばないのがぶどうの枝

  ⑴ざくろ、オリーブ、なつめやし、いちじくは剪定なしでもそこそこ実を結ぶ

  ⑵剪定なしでは、美味しい実をしっかり結ぶのは不可能

  ⑶つまり、手入れをする農夫と幹の存在がなければ価値を失うのがぶどうの枝

  ⑷農夫である神様と幹であるイエスキリストの存在をわかりやすく教えるのに最適

2。本文解説

①失うものがある信仰生活

 ❶「実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさる」

  ⑴実を結ぶための剪定が神様によって行われる。

  ⑵神様は、消毒したり肥料を与えるだけではない。

  ⑶枝が伸び放題になることを放っておかず、痛みを伴う剪定を行う。

 ❷信仰生活に失うことはつきもの

  ⑴神の子になれば、望むものが与えられ、平穏な生活ができるというものではない。

  ⑵「ぶどうの枝」の例えは最後の晩餐が終わってゲッセマネの園に行く途中で話した。

  ⑶弟子たちはこれから3年半かけて従った師を失うことになる。

 ❸イエス「あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている」

  ⑴これから大きなものを失うが、それは終わりではないという励まし。

  ⑵ イエスの死の痛みは弟子たちが実を結ぶための、必要な剪定であり、

  ⑶決して切り捨てられた訳ではないので、つながっていなさいと教えている。

③実を結ぶ信仰生活

 ❶「つながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる」

  ⑴枝は幹につながっていなければ生きていけず、価値のない枝になる。

  ⑵枝がどんなに頑張っても、自分で実を結ぶことはできない。

  ⑶つまりイエスとのつながりこそが、私たちの信仰の源。

 ❷剪定は実を結ぶため

  ⑴破壊ではなく、さらなる成長のための働き

  ⑵だから手放すこと、失うこと、痛みを伴うことを恐れてはいけない。

  ⑶しかしそれは罰ではなく、より豊かな実りのための神の愛の働き

 ❸失うことを通して、より大きなものを得る(信仰の本質)

  ⑴弟子たちはこれから「イエスを失う」という大きな経験をする。

  ⑵しかしそれによって、聖霊が与えられ、世界宣教へと導かれる。

  ⑶イエスを信じることによって受ける苦しみはより大きなものを得る道になる。

3。適用

①つながり続けることを選びましょう。

 ❶失うことは悪いことではない。

  ⑴ 私たちは苦しくなると離れ、思い通りにいかないと呟き、失うと「なぜ?」と疑う。

  ⑵しかしそれは、私たちが自分の本質を見失っているから。

  ⑶私たち「ぶどうの枝」の本質は、木材としてではなく、ぶどうの実を結ぶこと。

  ⑷そしてそのために必要なのは、消毒や肥料だけではなく、農夫による剪定である。

  ⑸剪定によって失うことがあっても、それは実を結ぶための必要な工程である。

 ❷私たちのすべき努力は何か?

  ⑴剪定を受けないための努力でも、実を結ぶための努力ではない。

  ⑵農夫による剪定を受け入れること。

  ⑶もちろん自分で剪定することはできない。

  ⑷その痛みの中でも幹であるイエスキリストに「つながり続けること」。

  ⑸そうすることで必ず良い実を結ぶようになる。

②繋がり続けることで良い実を結ぶことができる。

 ❶内側の変化(人格の実)

  ⑴キリストに似た性質が現れる(ガラテヤ5:22−23)

⑵愛するようになる、赦すようになる、謙遜になる。

⑶言われて無理矢理ではなく、心から自然とできるようになる。

 ❷外側の変化(行い・従順)

  ⑴神に従う生き方ができるようになる。

  ⑵心から与える、仕える、犠牲を払うことができる。

⑶キリストの道を歩むことで、イエスの心を知ることができる。

 ❸ 他の人に影響を与える実(伝道・成長)

  ⑴誰かが信仰に導かれ、誰かの信仰が成長することに用いられる。

  ⑵一度逃げ隠れた弟子たちが、後に世界に出ていったのは、この「実」を結んだから。

  ⑶強いから、賢いから、カリスマ性があるからではなく、キリストによって。

4。まとめ

①私たちはぶどうの枝であり、幹であるイエスにつながってこそ実を結びます。

②そして神様は、私たちを見捨てるのではなく、より豊かな実りのために剪定されます。

③だから得ることだけでなく、失うことの中でもイエスにつながり続けてください。

④失うことによって、イエスとのつながりがより深められます。

⑤その結果、私たちはより豊かな実を結ぶ者へと変えられることを忘れないでください。

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