20260712金銀ではなくイエスの名(使徒3:1-10)📺

20260712日本語礼拝

聖書:使徒3:1-10

題目:金銀ではなくイエスの名

賛美:84、304、310

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

「さて、ペテロとヨハネとが、午後三時の祈のときに宮に上ろうとしていると、 生れながら足のきかない男が、かかえられてきた。この男は、宮もうでに来る人々に施しをこうため、毎日、「美しの門」と呼ばれる宮の門のところに、置かれていた者である。 彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行こうとしているのを見て、施しをこうた。 ペテロとヨハネとは彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。 彼は何かもらえるのだろうと期待して、ふたりに注目していると、 ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。 こう言って彼の右手を取って起してやると、足と、くるぶしとが、立ちどころに強くなって、 踊りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った。 民衆はみな、彼が歩き回り、また神をさんびしているのを見、 これが宮の「美しの門」のそばにすわって、施しをこうていた者であると知り、彼の身に起ったことについて、驚き怪しんだ。」

‭‭使徒行伝‬ ‭3‬:‭1‬-‭10‬ 口語訳‬

1。宮と会堂と教会

①宮(神殿)

 ❶場所:エルサレム神殿を指す。

 ❷起源:ソロモンが建て、ゼルバベルが再建し、ヘロデが大改修した。

 ❸礼拝:生贄と賛美を捧げる。

 ❹日時:毎日。安息日や祭りの日は特に忙しい。

 ❺現在:ない。70年にローマ軍によって破壊された。

②会堂(シナゴーグ)

 ❶場所:各地にあるユダヤ人の集会所を指す。

 ❷起源:バビロン捕囚時代に発達した。

 ❸礼拝:聖書を読んで、教え祈る場所。

  ※聖書では「礼拝する」という単語を使用せず。

 ❹日時:主に安息日。

 ❺現在:ユダヤ人たちは土曜日に集まって礼拝している。

③教会(エクレシア)

 ❶場所:主に信徒の家などを指す。

 ❷起源:宮や会堂で集まることが難しくなり、教会で集まるようになった。

 ❸礼拝:使徒の教えを学び、祈り、賛美し、食事をした。

 ❹日時:最初は毎日、のちにキリストのよみがえった日曜日。

 ❺現在:クリスチャンたちは日曜日に教会で集まって礼拝している。

2。本文解説

① 1節「ペテロとヨハネが午後三時の祈のときに宮に上ろうとしていた」

 ❶当時のユダヤ人は9時、12時、15時の1日3回、宮か会堂で祈りを捧げていた。

 ❷そして生贄を捧げるのは9時と15時。

 ❸この時はまだ、迫害が少なく、自由に出入りができた。

②2節「生れながら足のきかない男が、かかえられてきた」

 ❶施しを受けるため、毎日「美しの門」という所に、人々によって運ばれてきている。

 ❷施し以外に生計を立てる方法がないから。

 ❸施しは賞賛される美しい行いだったので、「美しの門」で施しを求めるのが良かった。

③3節「彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行くのを見て、施しを求めた」

 ❶毎日神殿に運ばれる男と、毎日祈りに神殿に来るペテロとヨハネが交わった。

 ❷見るのは今回が初めてではないかもしれないが、関わるのは初めてかもしれない。

 ❸男はいつものように、ペテロとヨハネにもお金を求めた。

④4節「ペテロとヨハネとは彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った」

 ❶彼の注意をお金ではなく、自分たちに向けさせるため。

 ❷施しが日常になれば、与える側も受ける側も、お互いを見なくなることがある。

 ❸しかし、これから起こる神の御わざをはっきりと見せる必要があった。

⑤5節「何かもらえるのだろうと期待して、ふたりに注目した」

 ❶生活費がもらえると考えた。

 ❷声をかけてきたので、いつもより多くもらえるのでは、と期待したのかもしれない。

 ❸お金に焦点を当てていた彼が、2人に焦点を移動させている。

⑥6節「ペテロ『金銀はわたしには無いが、わたしにあるものをあげよう。

   イエス・キリストの名によって歩きなさい』」

 ❶ペテロはあげられるようなお金がない、と正直に答えた。

 ❷そして、自分の持っているものを、贈り物としてあげようと伝えている。

 ❸自分自身の力ではなく、イエスの権威によって、「歩く事」をあげるという事。

⑦7節「こう言って右手を取って起してやると、足とくるぶしが、立ち所に強くなった」

 ❶男が求めたのは、今日の生活費、一時的な助けとなるお金、人の施し。

 ❷ペテロが与えたのは、新しい人生、根本的な回復となるキリスト、神の恵み。

 ❸男に信仰があったわけではなく、一方的な神の恵みである。

⑧8節「踊りあがって立ち、歩き出した。神をさんびしながら、共に宮に入った」

 ❶彼はおそらく人生で初めて宮の中に入って行った。

 ❷彼は物乞いという職を失った。

 ❸しかし、それ以上にイエスの名によって癒されたことが嬉しかった。

⑨9節「民衆はみな、彼が歩き回り、また神をさんびしているのを見た」

 ❶奇跡の目的は、ただ癒すだけではなく、神を賛美する者に変えられること。

 ❷実際、彼は癒しを通して、ペテロではなく、その先にある神様を見て賛美している。

 ❸彼は、かわいそうな物乞いから、イエスの力の証人となった。

⑩10節「これが門の所で施しを求めていた者であると知り、驚き怪しんだ」

 ❶単に驚いたのではなく、驚きのあまり我を忘れる状態となった。

 ❷そして集まってくる人々に対して、ペテロは福音を語り始める。

 ❸奇跡はゴールではなく、福音を語るための入り口である。

3。適用

①金銀ではなくイエスの名を求めよう。

 ❶お金のために生きる人の美しさは、この世の美しさで終わる。

  ⑴男が座っていた「美しの門」、日々の生活のための美しさ。

  ⑵ヘロデが建てた神殿はローマの観光名所となったが、そこで終わる美しさ。

  ⑶悪い訳ではないが、予想できる範囲の、一時的な儚い美しさ。

 ❷イエスの名によって生きる人の美しさは、神の国の美しさ。

  ⑴40年以上横たわったままでは見ることのできない景色を見せてくれた。

  ⑵死んで当然の罪人である私たちが、神のわざと神の国を見ることができる。

   ※私のような人間が牧師となった。あんな人が神様を信じるようになった。

  ⑶人の考えを超える範囲で行われる、永遠に続く美しさ。

 ❸神学者トマスアクィナスの13世紀の逸話

  ⑴教皇を訪問した時、教皇は莫大な額のお金を勘定していた。

  ⑵教皇「教会はもう『金銀は私にはない』とはもう言わなくてもいいね」

  ⑶トマス「本当にそうでございます、教皇様。

   しかし、『立ち上がれ、そして歩け』とも言えなくなりました」

 ❹イエスの名の力は、お金以上の力。

  ⑴お金は大切で、汚いものではない。

  ⑵しかし、お金に満足してしまうなら、神の国の美しさを見ることができない。

  ⑶お金があると、自分のしたいことができる。しかし人間の限界がある。

  ⑷イエスの名は、自分の思い通りにはできなくても、人間の限界を超えた景色を

   見ることができる。

  ⑸立ち上がることのできない人が、立ち上がることができるようになる。

  ⑹自分が新しい景色を見て、周りの人にも新しい景色を見せる力がある。

 ❺イエスの名の力は、死を乗り越える力。

「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。」

‭‭マタイによる福音書‬ ‭16‬:‭26‬ 口語訳‬

  ⑴お金があれば、100年の人生をある程度は楽しめるかもしれない。

  ⑵しかし、お金は延命できても、根本的な死の問題を解決することはできない。

  ⑶イエスの名は、その死の問題を解決することができる。

  ⑷イエスの名は、死を乗り越えた先の美しい景色を私たちに見せてくれる。

4。まとめ

①イエスの御名は私たちに何を与えてくださるのでしょうか。

一時的な助けではなく、新しい人生と神の国、そして永遠のいのちです。

③今週も、イエスの御名を信頼し、その御名によって立ち上がり、神の栄光を現す者として歩んでまいりましょう。

④イエスの名は、日々私たちを新しくしてくれます。

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