20260331孤独(マタイ26:36-46)📺

20260331特別早天祈祷会

聖書:マタイ26:36-46

題目:孤独

賛美:143、144

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

「それから、イエスは彼らと一緒に、ゲツセマネという所へ行かれた。そして弟子たちに言われた、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここにすわっていなさい」。

そしてペテロとゼベダイの子ふたりとを連れて行かれたが、悲しみを催しまた悩みはじめられた。

そのとき、彼らに言われた、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい」。

そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。

それから、弟子たちの所にきてごらんになると、彼らが眠っていたので、ペテロに言われた、「あなたがたはそんなに、ひと時もわたしと一緒に目をさましていることが、できなかったのか。

誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。

また二度目に行って、祈って言われた、「わが父よ、この杯を飲むほかに道がないのでしたら、どうか、みこころが行われますように」。

またきてごらんになると、彼らはまた眠っていた。その目が重くなっていたのである。

それで彼らをそのままにして、また行って、三度目に同じ言葉で祈られた。

それから弟子たちの所に帰ってきて、言われた、「まだ眠っているのか、休んでいるのか。見よ、時が迫った。人の子は罪人らの手に渡されるのだ。

立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた」。」

‭‭マタイによる福音書‬ ‭26‬:‭36‬-‭46‬ 口語訳‬

1。本文解説

①イエスはゲッセマネの園に行った。

 ❶いつも祈る場所に行った。

  ⑴弟子たちには離れて座っている様に言った。

  ⑵裏切り者のユダが来るのに、いつもと同じ場所を選んだ。

  ⑶いつもの様に大胆に見える。

 ❷ペテロとヨハネとヤコブを連れて行った。

  ⑴霊的な戦いを学ばせるため、後にイエスの証人として建てるため。

  ⑵孤独を和らげるため。

  ⑶しかし「悲しみを催しまた悩みはじめた」

 ❸心の弱さを打ち明けた。

  ⑴「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである」

  ⑵「わたしと一緒に目を覚ましていなさい」。祈りなさいとは言っていない。

  ⑶一人ではいられない孤独を感じている様子がわかる。

 ❹うつ伏せになって祈りはじめた。

  ⑴「アバ」小さい子供が父親を呼ぶ時に使うアラム語

  ⑵この後、十字架の苦しみを受け、神の怒りを負い、父なる神との断絶を経験する。

  ⑶霊的な孤独を感じ、子供が父を求めるように祈っている。

 ❺自分の運命を分かってはいたが、恐ろしくなってきた。

  ⑴「もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」

  ⑵まだイエスは30代。この運命はつらいもの。

  ⑶これまでひれ伏すことのなかったイエスがイエスがひれ伏している。

 ❻眠っている弟子たちを起こしに行った。

  ⑴弟子たちが後で誘惑に陥らないように祈るよう弟子たちに求めた。

  ⑵「血の汗が血に落ちた」(ルカ22:44)ほど、極度のストレス状態にある。

  ⑶「御心のままになさって下さい」と祈るが、人間の弱さで心がついていかない。

 ❼2回目に来てみると、弟子たちはまた眠っていた。

  ⑴しかし、起こさずに、一人で祈りに戻った。

  ⑵肉体的にではなく、霊的に鈍い状態を見て、人に期待することをやめた。

  ⑶3回目祈りで、神様に完全に委ねることができた。

2.適用

イエスは孤独のつらさを知っておられる。

 ❶私たちも孤独を経験する

⑴理解されない

⑵誰も支えてくれない

⑶祈っても答えがないように感じる

 ❷しかしイエスはその孤独を知っておられる

  ⑴3年半生活を共にした弟子たちは一緒に目を覚ましていることもできない。

  ⑵祈る時も孤独に祈るしかなかった。

  ⑶私たちの孤独を「理論」ではなく「体験」として知っておられる

②イエスは孤独の中を祈りで乗り越えた。

 ❶弟子たちは現実から逃げたが、イエスは神様に何度も向き合った。

  ⑴弟子たちは眠ってしまった。霊的に鈍い状態。

  ⑵イエスは何度も祈った。3回祈った=何度も祈ったという意味。

  ⑶孤独のときにスマホ・娯楽・忙しさに逃げるか?神に向かうか?

 ❷孤独は無意味ではない

  ⑴イエスは孤独の中で御心に従う力を得た

  ⑵人に期待する事をやめて、神様に集中し、神様に心を合わせることができた。

  ⑶孤独は、信仰を深める場所、神と出会う場所、自分を明け渡す場所でもある。

3.まとめ

①イエスは人に囲まれていながら孤独だった。助けを求めても応えられなかった。

②それでも祈り続けられた。そして最終的に孤独の中で神の御心に完全に従った。

③だから私たちは確信できる。

 ⑴私の孤独は理解されている

 ⑵私の祈りは聞かれている

 ⑶私の人生も神に導かれている

→孤独な時、他のことに逃げる事をやめ、人に期待する事をやめ、神様に向き合って下さい。イエスのように神様と必ず出会うことができると信じて下さい。

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