20260301助けはどこから来るのか(詩篇121:1-2)

20260301敬虔会

聖書:詩篇121:1-2

題目:助けはどこから来るのか

祈り:金賢貞 執事

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

わたしは山にむかって目をあげる。 わが助けは、どこから来るであろうか。 わが助けは、天と地を造られた主から来る。

詩篇 121:1-2 口語訳

1.本文解釈

 詩篇の作者は「私は山に向かって目を上げる」と言いました。ここでの「山」は二つの意味を持っています。一つは神の臨在の象徴であり、もう一つは人間にとって乗り越えにくい問題を表しています。人生には山のように大きな課題があります。教会にも、将来への不安や重荷を感じる時があります。

 しかし詩篇は、山そのものを見るのではなく、山を超えて神を見るように導きます。信仰とは問題を無視することではありません。問題を見ながらも、その先におられる神を見ることです。

 次に「私の助けはどこから来るのか」と問いかけます。これは単なる疑問ではなく、信仰の宣言に近い問いです。当時の人々は、人の力や偶像に助けを求めることがありました。しかし詩篇の作者は、そのどこにも希望を置きませんでした。

そして答えは明確です。「私の助けは主から来る」。

2.適用

 教会の力も同じです。人数ではありません。経済力でもありません。人の能力でもありません。主の恵みと導きが教会を支えます。

 さらに「天地を造られた主から」と語られています。天地を造られた神は、この世界のすべてを支配しておられます。教会の未来も、亡くなられた役員の信仰の歩みも、この神の御手の中にあります。

 私たちは悲しみの中に立ち止まるのではなく、目を上げて主を見上げましょう。状況を見ると不安になります。しかし主を見上げると希望が生まれます。教会は人の力で支えられるのではありません。天地を造られた主が、今も教会と共におられます。

3.まとめ

 だから私たちは恐れず、与えられた奉仕を続けましょう。悲しみを覚えながらも、信仰の共同体として前に進んでいきましょう。

「私の助けは主から来る」。この信仰を持って、共に歩んでいきましょう。

アーメン。

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