20251008不正義の中の信仰の結果(使徒25:1-5)
20251008早天祈祷会
聖書:使徒25:1-5
題目:不正義の中の信仰の結果
賛美:352、353
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
聖書箇所(口語訳)
「さて、フェストは、任地に着いてから三日の後、カイザリヤからエルサレムに上ったところ、祭司長たちやユダヤ人の重立った者たちが、パウロを訴え出て、彼をエルサレムに呼び出すよう取り計らっていただきたいと、しきりに願った。彼らは途中で待ち伏せして、彼を殺す考えであった。ところがフェストは、パウロがカイザリヤに監禁してあり、自分もすぐそこへ帰ることになっていると答え、そして言った、『では、もしあの男に何か不都合なことがあるなら、おまえたちのうちの有力者らが、わたしと一緒に下って行って、訴えるがよかろう』。」
(使徒行伝 25:1–5)
1.本文解説
① 新総督フェストの着任とエルサレム訪問
新しく総督となったフェストは、ペリクスの失脚によって皇帝ネロに任命された人物です。カイザリヤはシリア州の中心都市であり、ユダヤ州はその一部として統治されていました。
ペリクスが暴力と賄賂によって統治しようとしたのに対し、フェストは知恵によって統治しようとする人物でした。
彼は着任してわずか三日後にエルサレムへ上ります。これは、エルサレム統治の難しさを理解していたからであり、現地の有力者たちと関係を築き、平和を保とうとする意図がありました。その行動の速さからも、彼の積極性と判断力がうかがえます。
② ユダヤ人指導者たちの企て
エルサレムでは、祭司長たちとユダヤ人の有力者たちが、パウロについてフェストに訴え出ました。
このとき大祭司はアナニヤからイシュマエルに代わっており、新しい総督の着任は、改めてパウロを訴える良い機会と考えられました。彼らはローマの法廷ではパウロを有罪にできないと判断していたのです。
そこで彼らは、パウロをエルサレムに移送するよう願い出ました。しかしその真の目的は、移動の途中で待ち伏せし、彼を殺害することでした。二年の時が経っても、彼らの憎しみは消えていなかったのです。
③ フェストの知恵ある判断
これに対してフェストは、もし訴えがあるなら、自分とともにカイザリヤに下って正式に訴えるようにと答えました。
彼は事前に情報を得ており、パウロが以前にも殺されそうになり、千人隊長によってカイザリヤへ移された経緯を知っていました。また、ユダヤ人たちの訴えには確かな証拠がないことも理解していました。
そのため、パウロをエルサレムへ移送すれば危険であると判断し、裁判はカイザリヤで行うべきだと決めたのです。
フェストの判断は知恵に満ちていました。彼は表面上の公平さを保ちながらも、相手の要求に流されることなく、自分の権威のもとで裁きを行おうとしました。また、ユダヤ人と向き合いながらも、ローマの秩序を守ろうとする姿勢を持っていました。
2.適用
① 不正義の中でも信仰によって生きよう
パウロは、ペリクスとドルシラという不正義に満ちた支配者のもとにあっても、信仰に生き続けました。
彼は不正な総督夫妻に対して不平を言うことなく、牢にいる状況にも不満を抱かず、ただひたすら福音を語り続けました。
その結果、二年後にはペリクスは罷免され、代わって誠実なフェストが総督となりました。結果的に見ると、不誠実なペリクスもパウロを守る役割を果たし、誠実なフェストもまた彼を守る存在となったのです。
イエス・キリストも同様でした。アンナスやカヤパ、そしてピラトの前にあっても、信仰に従い続け、十字架の道を選ばれました。その結果、神はイエスをよみがえらせ、弟子たちは新しく生まれ変わり、福音を世界に伝える者とされたのです。
ここで重要なのは、環境そのものではなく、その環境の中で私たちがどのような態度を取るかということです。
大阪中央教会の聖徒たちも同じです。人々や家族、あるいは教会の中でさえ、批判を受けることがあるかもしれません。しかし、そのときに不平不満を言うのではなく、自分に与えられた役割を忠実に果たすことが大切です。
パウロのように耐え忍ぶその先には、神が備えられた新しい未来があります。
3.まとめ
私たちも、人々からの批判を受けることがあります。それは信じない人からだけでなく、信じる人からでさえあるかもしれません。
しかし、その中で歩みを止めてはなりません。時が来るとき、神のご計画は必ず動き出します。
それまで私たちは耐え忍び、不正義の中にあっても正義を行い、福音を語り続けていきましょう。

