20250909悪い過去も用いる神様(使徒22:1-5)

20250909早天祈祷会

聖書:使徒22:1-5
題目:悪い過去も用いる神様
賛美:267、268

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会


1.本文解説

① 共感を生む語りかけとヘブル語の使用

パウロは「兄弟たち、父たちよ、いま申し上げるわたしの弁明を聞いていただきたい」と語り始めました。この「兄弟たち、父たちよ」という呼びかけは、敬意を表す慣用句であり、ステパノも同様の言葉を用いています(使徒7:2)。

この言葉には、自分が敵ではないことを伝えたいという意図が込められていました。

さらにパウロがヘブル語で語りかけると、人々はますます静まりました。ヘブル語はユダヤ人たちにとって理解できる言語であり、逆にローマ人には理解できません。ディアスポラのユダヤ人であるパウロがヘブル語を話したことで、人々の認識が変わったのです。

ここでパウロは、相手を説得するために共通点を強調し、関係性を築こうとしています。人は怒ると違いを強調しがちですが、パウロはあえて共通点に目を向け、相手の共感を得ようとしました。


② 自分の背景を正直に語る

パウロは自分の出自について語ります。彼はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、エルサレムで育ち、当時最も尊敬されていたガマリエルのもとで厳格な律法教育を受けました。おそらく12〜13歳の頃にエルサレムに来たと考えられています。

また彼は、「神に対して熱心な者であった」と語ります。この表現は現在形で書かれており、イエスを信じた後も、ユダヤ人として神に対して熱心であることを示しています。

パウロが自分の過去を語ったのは、自慢のためではありません。むしろ、人々に信じてもらうために、自分の背景を隠さず明らかにしたのです。通常、人は自分を守るために過去を隠そうとしますが、パウロはあえてそれを語りました。


③ 迫害者としての過去の告白

パウロはさらに、自分がかつて「この道」、すなわちイエスを信じる者たちを迫害していたことを告白しました。彼は男女を問わず捕らえて牢に入れ、死に至らせたことさえあったと認めています。

これは、彼が律法に対してどれほど熱心であったかを示すと同時に、殉教者の死にも自分が関わっていたことを認める告白でもあります。

さらにこの事実は、大祭司や長老たちも証言できることでした。パウロはサンヘドリンの許可を得て迫害を行い、ダマスコにいるクリスチャンたちを捕らえてエルサレムに連行するために向かっていたのです。

パウロはこのように、自分の罪や過ちを隠すことなく語りました。それは、自分の信仰がどのように変えられたかを証しするためでした。


2.適用

① 悪い過去も神様が用いられる

聖書はこう語ります。
「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」(ヘブル4:16)

パウロは証しをする際、相手との共通点から語り始めました。自分がかつて同じような過ちを犯していたことを認めることで、相手に共感し、心を開かせたのです。

また、自分の背景や信仰経験を正直に語ることで、信頼性を高めました。パウロには隠すべきものがなく、その誠実さが人々の信頼を生みました。

さらに彼は、自分の罪や過ちを打ち明けることによって、自分ではなく神を高めました。恥ずかしい過去でさえ語ることができたのは、神との関係が親密であったからです。

大阪中央教会の聖徒の皆さんも、パウロのように神と親しくなることが求められています。そうすれば、自分の出自や過去の過ちに縛られることなく、むしろそれらを福音のために用いることができるようになります。


3.まとめ

私たちの人生には、無駄な部分は一つもありません。
良いことだけでなく、悪い過去さえも、神はご自身の栄光のために用いられます。

ですから、過去を隠し、逃げながら生きるのではなく、パウロのように解放された人生を歩みましょう。​ 

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