20230326自分の弱さを誇ろう(2コリント12:7-10)
20230326青年部礼拝
聖書:2コリント12:7-10
題目:自分の弱さを誇ろう
賛美:ナカジンジェムルオッソナ
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
0.パウロは幸せだったのか?
今日の御言葉の中心は、「弱さを誇る」というテーマです。
しかし、弱いままでいることが幸せなのか?
弱さを抱えたパウロ自身は幸せだったのか?
この問いを心に置きながら御言葉を見ていきます。
1.この世の基準
現代の価値観は“弱肉強食(약육강식)”です。
①この世が考える「勝者」と「敗者」
- 勝者:力の強い者、知恵のある者、財産のある者、健康な者、美しい者、能力のある者、有名な者、成果を出す者、努力できる者
- 敗者:その逆。弱い者、貧しい者、不健康な者、不細工な者、力も知恵もない者、成果を残せない者、努力できない者
この世では、強い者は堂々と自分を表し、弱い者は自分を隠します。
②人々の行動パターン
人は大きく3つに分かれます。
- 強くなろうとする者
- 強いふりをする者(自分をよく見せる者)
- 神に強さを求める者
③その結末
しかし、そのどれもが悲しい結果になります。
- 強くなろうとした者
多くの犠牲を払い、最後は燃え尽きてしまう。 - 強いふりをした者
嘘がばれて恥をかき、隠れるように生きる。 - 神に強さを求めた者
神が望む方法で働かれないため、失望し希望を失う。
つまり多くの人が、“強くなりたい”と思いながらも、できずに絶望の中を歩んでいるのです。
(例:ドラゴンボールの世界観のように、永遠に強さを求め続ける人生)
では、クリスチャンである私たちはどのように生きるべきでしょうか?
2.神の国の基準
神の国では「強い者」も「弱い者」も、この世とは全く違う基準で見られます。
①パウロの“強さ”
パウロ自身、実はこの世の基準では強い人でした。
- 環境:裕福な家に生まれ、生まれながらのローマ市民権
- 努力:ガマリエルに学んだ秀才、ギリシャ語もヘブル語も使いこなす
- 経験:復活のキリストに会った者、天国を見た者(12:4)
誰が見ても“強い人”。けれど、パウロには弱さがありました。
②パウロの“弱さ”
- 外見:弱そうに見えた(10:10)
- 能力:話し下手、語る言葉は素人(11:5–6)
- 性格:気性が激しく、高慢。
バルナバとは喧嘩別れ、ペテロも批判。人が寄り付かず、弟子はテモテ一人だった可能性が高い。
③最大の弱さ:肉体の「とげ」
- ある学者の推測では、39もの病気を抱えていたとも言われる
- それは「サタンの使い」による病であった(12:7)
- パウロは病が取り除かれるよう、三度も必死に祈った
④しかし神は“拒絶”された
パウロの祈りに、神はこう答えます。
「わたしの恵みはあなたに十分である」(12:9)
「わたしの力は弱さの中に完全に現れる」(12:9)
神は病を治さず、悪霊を追い払わず、そのままにされたのです。
⑤パウロの反応
この神の答えを聞いたパウロはこう言います。
- 「むしろ喜んで自分の弱さを誇ろう」(12:9)
- なぜなら、自分が弱い時こそ、キリストの力が自分に宿るから
- 自分が強くなるより、キリストが表されることを喜んだから
⑥パウロは祈ることをやめた
- パウロは病の苦しみを抱えたままだった
- しかし、その病が「キリストを表すもの」に変わった瞬間、祈りをやめた
- パウロにとって最大の喜びは、「キリストと共にいること」であり、「自分を通してキリストが現れること」だったから
3.結婚生活の基準
①新婚生活の喜び
- 夫婦が「霊的にも肉体的にも一つの体になること」が喜び
- 夫は妻が褒められると喜び、妻は夫が褒められると喜ぶ
- 結婚はお金・名誉など「何かを手に入れるため」ではない
例)新婚のプロフィール写真
見せたいのは「自分」か「相手」か?
②信仰生活の喜び
- キリストと一つになることが喜び
- 神様が誉められれば自分も喜ぶ
- 自分が何かを得るために信仰を持つのは間違い
③「弱いところに完全に現れる」(12:9)
- 私が弱いなら、神が共にいて力を現してくださる
- 弱いところに神が現れるなら、強くなる必要はない。むしろ邪魔。
- 夫婦が互いを見て喜ぶように、信仰者は神だけを見て喜ぶ
例)お正月の姪っ子事件
プレゼントだけを見て喜び、他の子と比較してすねた
→相手そのものではなく、相手の「持ち物」を見てしまった結果
神様でも同じです。
神様ご自身を見るのではなく、神様が「持っているもの」ばかりを求めてしまえば、関係は悪化します。
4.私たちはどのように生きるべきか
①強くなろうとしない。偉そうにしない。
- 強さにこだわると、自分と周りばかりが見えて、神様を見失う
- 不安と失望で終わる。極端な教え(異端)に陥る危険さえある
- 平安がないのは、不足しているからではなく、神を見失っているから
②弱くていい。何もなくていい。神様だけを見よう。
- 神だけを見ていると、この世にはない平安が与えられる
- 周りの苦しめるものが気にならなくなる
- 自分を表すのではなく、神を表すことに集中する
- その時、神が私たちの強さとなる
- 神の力が、私たちを通して現れる
→ 強くなる生き方ではなく、神を表す生き方こそ平安を与える。

