20260621二羽の大鷲と神様(エゼキエル17:22-24)
20260621韓国語礼拝
聖書:エゼキエル17:22-24
題目:二羽の大鷲と神様
賛美:351、352
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「主なる神はこう言われる、「わたしはまた香柏の高いこずえから小枝をとって、これを植え、その若芽の頂から柔らかい芽を摘みとり、これを高いすぐれた山に植える。 わたしはイスラエルの高い山にこれを植える。これは枝を出し、実を結び、みごとな香柏となり、その下にもろもろの種類の獣が住み、その枝の陰に各種の鳥が巣をつくる。 そして野のすべての木は、主なるわたしが高い木を低くし、低い木を高くし、緑の木を枯らし、枯れ木を緑にすることを知るようになる。主であるわたしはこれを語り、これをするのである」。」
エゼキエル書 17:22-24 口語訳
1。神様のなぞかけ(17:1−10)
①2羽の大鷲と1本の枝
❶目的:聞く耳を持たない民に、答えを押し付けるのではなく、考えさせるため。
❷様々な色の羽を持つ大鷲が飛んでてきて、レバノン杉の若枝を摘み取った。
❸その若枝は商人の街に運ばれ、その種が肥えた土に植えられた。
❹その種は、背は低いが、良くはびこるぶどうの木に成長した。
❺ところがその木は、別のもう一羽の大鷲を見つけ、それに向かって行ってしまった。
❻二羽目の大鷲は、根を抜き、枝を切り、若葉を皆枯らすとも知らずに。
2。なぞかけの答え(17:11−21)
①第一の大鷲
❶様々な色の羽毛を持つ=多民族国家のバビロン
②レバノン杉=香柏(こうはく)
❶レバノン杉=人々から見ても立派な木であり、ダビデの家
❷若枝=新しい王のことであり、エホヤキン
❸商人の町=バビロンの町
❹つまりつまり4節ではエホヤキン王がバビロンに連れて行かれたことを言っている。
③種から育ったぶどうの木
❶種はバビロンによって立てられたゼデキヤ王
❷ぶどうの木=ユダ王国
❸低くはびこる=独立国家ではなく従属国としての繁栄
❹実際、バビロンと契約を結ぶことで、ユダは滅亡を免れ、保護が約束された。
❺神様はバビロンの保護下でユダ王国を存続させようとしていた。
❻バビロンが正しいわけではないが、バビロンに従うことが神様に従うことだった。
④第二の大鷲
❶羽毛の多い大鷲=当時バビロンに唯一対抗できるエジプト
❷潤いを得るために=バビロンに対抗できる戦力を得るために。
❸ぶどうの木は根と枝をその鷲に向けた=バビロンを裏切り、エジプトに助けを求めた
❹ エジプトが頼りにならないことを、聞かされていたにもかかわらず。。。
❺そして、バビロンとの約束を破ることが、神様との約束を破る事になってしまった。
❻そして多くの犠牲を払うことで、神様の言っていたことを知るようになる。
3。希望の宣言(17:22−24)
①「わたしが枝をとって植え、芽を摘み取り、高い優れた山に植える」(22)
❶本当の支配者は誰か、ということ。
❷エジプトもバビロンも大国で、彼らが歴史を動かしているように見える。
❸そして彼らによって、ダビデの家も、国も終わったように見える。
❹悪が栄え、神様が沈黙しており、自分がなんとかしないといけない考える。
❺しかし、植えたり摘み取るのは、彼らではなく神様ご自身であると宣言している。
②「わたしはイスラエルの高い山にこれを植える。これは枝を出し、実を結び、みごとな香柏となり、その下にもろもろの種類の獣が住み、その枝の陰に各種の鳥が巣をつくる」(23)
❶ゼデキヤは「低いぶどうの木」だった。
❷しかし神様が植える若枝は、見事なレバノン杉「香柏」になる、ということ。
❸獣や鳥が集まって住む=世界中の人々がその木を通して祝福を受けるということ。
❹人間には秩序が見えなくても、神は今も歴史を支配し、計画が進んでいる。
③「全ての木は、主が高い木を低くし、低い木を高くし、緑の木を枯らし、枯れ木を緑にすることを知るようになる」(24)
❶今見える不正も、今の苦しみも、今の矛盾も、永遠に続くものではない。
❷やがてすべてがひっくり返る。今の世界が最終形ではない。
❸私たちではなく、主が必ず変えることを知らなければならない。
4。この預言の目的
①ゼデキヤ王
❶神様はエレミヤを通してバビロンの支配を受けるように教えた。
❷しかしゼデキヤは神様の御心を知りながら、何度もエレミヤに尋ねた。
❸自分ではなく、神様が考えを変えて、違う答えが出ることを期待していた。
❹その原因は「神よりも人を恐れる心」だった(エレミヤ38:19)
❺降伏したユダヤ人たちに辱められたり、報復されることが怖かった。
❻現状では、捕虜となった甥のエホヤキン、王族のダニエルに比べて自分が偉い状態。
❼ゼデキヤの問題は、関心が神様ではなく、自分の地位しかなかった。
②捕囚の民
❶捕囚の民はすぐに故郷に帰られるという偽預言者の言葉を信じていた。
❷故郷に残った民はエジプトに期待を寄せていた。
❸その情報がバビロンにまで届いていた可能性がある。
❹捕囚の民の問題は、関心が神様ではなく、自分たちの暮らししかなかった。
③預言の目的
❶ゼデキヤを通して自分たちを顧み、心の向きを神様に向けさせるため。
5。適用
①私たちの人生には、神様の思いが詰まった計画がある。
「この時から、イエス・キリストは、自分が必ずエルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえるべきことを、弟子たちに示しはじめられた。 すると、ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめ、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあるはずはございません」と言った。 イエスは振り向いて、ペテロに言われた、「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」。」
マタイによる福音書 16:21-23 口語訳
❶十字架による救いの計画に神様の思いがある。
⑴イエスは十字架による救いの計画をペテロに伝えた。
⑵ペテロは絶対ダメだと強く否定した。イエスを思っての言葉だった。
⑶しかし、そこには人間的な、苦しみなしで解決してほしい思いがある。
⑷ペテロは弟子なのに、無意識に先生を導こうとした。
⑸人間が神様を諌めて、教えようとする行動をイエスは叱った。
⑹愛する一人息子を苦しめて、十字架にかけて死なせる神様の思いを考えてほしい。
❷バビロン捕囚を通した救いの計画にも神様の思いがある。
⑴ゼデキヤは自分の持っている地位しか関心がなかった。
⑵捕囚の民は自分の家に帰ることしか関心がなかった。
⑶愛の神様がどういう思いで自分の民をバビロンに送ったかを考えてほしい。
⑷「バビロンが正しい?」「エジプトが正しい?」という話ではない。
⑸バビロン捕囚も、イエスの十字架刑も、人の手によって行われた。
⑹バビロン人もユダヤ人指導者たちが正しかったわけではない。
⑺人の思いだけを見れば、怒り、憎しみ、悲しみで終わってしまう。
❸人の先にある神様の思いがある。
⑴私たちの問題は、人の先にある神様の思いを見ようとしないこと。
⑵人だけを見て終わるなら、バビロンも十字架も屈辱で終わる。
⑶成功と失敗の間で、いつも悩みながら生きるしかない。
⑷しかし事実として、バビロン捕囚もイエスの十字架も、神様の計画が働いていた。
⑸悪人たちと反対方向を進む時があれば、悪人たちと同じ方向を歩く時もある。
⑹神様の思いを知ると、失望ではなく、希望を持つことができる。
⑺歴史の鍵は、人ではなく神様が握っていることを忘れないで。
②神様はいつも私たちのことを思って、愛している。
「神よ、あなたのもろもろのみ思いは、 なんとわたしに尊いことでしょう。 その全体はなんと広大なことでしょう。 わたしがこれを数えようとすれば、 その数は砂よりも多い。 わたしが目ざめるとき、 わたしはなおあなたと共にいます。」
詩篇 139:17-18 口語訳
❶神様が自分を思っている回数がとても多いことをダビデが驚いている。
⑴イエス「あなた方の髪の毛さえも、みな数えられています」(マタイ10:30)
⑵神様が絶えず私たちをみておられるという比喩。
⑶私たちは神様のことをあまり考えてないが、神様はいつも私たちを見ている。
❷エゼキエルを通して現れる神様の思い。
⑴なぜこのような預言をするのか?
⑵すぐに帰れるという偽預言者たちや人々の嘘に騙されないため。
⑶捕囚の民が、バビロンの地での生活を覚悟して生きていけるようにするため。
⑷バビロン捕囚という苦しみなしでは、ユダヤ人は救われない状態まで来ていた。
⑸しかし、70年後には回復し、神様が故郷に戻すという約束である。
⑹バビロンが支配しているように見えても、神様が全てを支配している。
❸苦しみの期間、この苦しみの意味を神様に考えてみよう。
⑴なんで自分がこんな苦しみを経験しないといけないのか、という正当化ではない。
⑵私を愛する神様が、何を考えて、この苦しみを許可されたのか。
⑶考え方を変えることはなかなかできないかもしれない。
⑷しかし、神様を考える時間を作ってほしい。
⑷「私の地位を奪わないで」「早く故郷に帰して」といった思いを吐き出していい。
⑸しかし、なぜ神様はそうなさるのか?と一歩深く考えてほしい。
6。まとめ
①私たちは苦しみの中で、人だけを見て答えを探そうとする。
②しかしエゼキエルは、その背後で歴史を動かす神様を見上げるよう教えている。
③バビロン捕囚も、十字架も、人の目には敗北に見える。
④しかし、今理解できなくても、私たちを愛する神様の救いの計画がある。
⑤苦しみの中だからこそ、神様に答えを探してほしい。あなたの希望はそこにあります。


