20260513聖書の教える知恵(ヨブ28:28)📺
20260513水曜礼拝
聖書:ヨブ28:28
題目:聖書の教える知恵
賛美:202、205
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「そして人に言われた、 『見よ、主を恐れることは知恵である、 悪を離れることは悟りである』と」。」
ヨブ記 28:28 口語訳
1。ソクラテス
①デルフォイの神託
❶デルフォイ:ギリシャ人が考える「地球のへそ」。太陽神アポロン神殿がある。
❷巫女が神のお告げを告げる。国家も訪ねてくる重要な場所。
❸ソクラテスの友人が尋ねると「ソクラテス以上の知者はいない」と告げる。
②ソクラテスの反応
❶自分が特別賢いとは思っていなかった。
❷政治家、詩人、職人など様々な人を訪ね、知恵とは何かを問い続けた。
❸人々は、少ししか知らなくても、全部知っていると思いやすい。
❹本当の知恵とは、自分の無知を知ること。
❺「私は完全には知らない」と認めることが知恵の始まり。
③ソクラテスの結論
❶理性に知恵を加える目的は、善を知り、悪を離れ、人格を善くする事。
❷その結果、外的要因に左右されず魂に平安を与えることができる。
❸苦しみは魂の混乱だから、善を学び続け、魂を世話することが大切。
❹だから「不正をするより、不正を受ける方がまだ良い」と言った。
④知恵とは何か?
❶「賢さ」は頭の回転の速さ、判断力の高さを言う。車で言うと性能。
❷「知恵」は、方向性を指す。車で言うとカーナビ。
❸この世は、財産や名誉などを手に入れることを、知恵をいう。
❹哲学は、悪を離れて、善の人格を育てることを、知恵という。
❺それでは旧約聖書では、何が知恵だと教えているか?
2。本文解説
①学者たちの議論
❶28章:それまでの友人たちとの激しい討論の流れから突然雰囲気が変わる。
❷ヨブ自身の深い独白?:ヨブが討論を経て到達した、信仰的成熟としての言葉。
❸著者による挿入?:全体をまとめる「知恵の讃歌」としての言葉。
❹27章までの討論と、29章以降の最終弁論をつなぐ橋渡し的役割がある。
❺なぜ苦しみがあるのかの結論。
②人間の驚くべき能力(1–11節)
❶ヨブはまず、人間の技術力を称える。
❷獣も知らない道を切り開き、山を掘り、岩を砕き、地下深くに坑道を作る。
❸人はそれほどの努力をもって技術を開発し、宝を探し出す。
❹電気や車、薬やAIなども、人間の技術の結晶で賞賛すべきもの。
❺慎重さは必要だが、私たちは人間の技術力を用いるべき。
③しかし知恵は掘り出せない(12–22節)
❶「知恵はどこに見いだされるのか」深淵「私のうちにはない」、海「私のところにはない」
❷海の深淵にも到達し、知識と技術を増やすが、答えは得られない。
❸知恵はお金でも買えない。宝石でも交換できない。努力では到達できない。
❹ヨブは「なぜ苦しむのか」と言う答えを、人の努力では得られないことを悟った。
❺ソクラテスは努力で知恵を求めたが、知恵は人間の能力の外にある。
④ 神だけが知恵を知っておられる(23–27節)
❶人間は努力によって視野を広げたが、人間が見ることのできない領域がある。
❷神様のみが全体を理解していて、人は神様のように全体を見ることはできない。
❸「なぜ苦しみがあるのか」は人間の理性の中では見ることができない。
❹ソクラテスも外的要因を探ることは放棄しているが、内的要因に答えを探している。
❺しかし、ヨブは人間の努力自体に限界があること結論づけている。
⑤結論(28節)
❶「主を恐れること、それが知恵」「悪を離れること、それが悟り」
❷聖書の知恵とは、情報量でも、IQでも、成功でも、富でもない。
❸「なぜ苦しむのか」が重要ではなく、本当の知恵とは、神を恐れて従うこと。
❹ソクラテスは悪を離れることが知恵と言ったが、ヨブはその結果であると言っている
❺つまり、私たちがまずすべきことは、善悪を知るよりも前に、主を恐れて従うこと。
例)子供にとってのビデオゲーム攻略は、大人にとってはそれが重要じゃない。
大人にとっての人生の攻略は、神様にとってはそれが重要じゃない。
3。適用
① 主を恐れる人生を生きよう
❶平安を得ることのできる知恵は何か?
⑴苦しみの原因を知ったからといって、回避したからといって、平安を得られるか?
⑵成功したからといって、思い通りになったからといって、平安を得られるか?
⑶善を行ったからといって、善人になったからといって、平安を得られるか?
❷「主を恐れる」ことが知恵の出発点
「そして人に言われた、 『見よ、主を恐れることは知恵である、 悪を離れることは悟りである』と」。」
ヨブ記 28:28 口語訳
⑴神を遠ざけて怯える事ではなく、神を神として認め、人生の主権を明け渡すこと。
⑵ソクラテスは善を選択する理性の鍛錬で、平安を得ようとした。
⑶しかし聖書は、常に自分の判断より神の御心を上に置くことを教えている。
❸主を恐れる者だけが、本当の善を知り、悪を離れ、善を行うことができる。
⑴ソクラテスは、善を行うことで善い人格が育てられると言った。
⑵聖書は、キリストの人格に変えられる事で善悪を守れるようになると言っている。
⑶善悪を知っても、行う力が人にはない。
「わたしの内に、すなわち、わたしの肉の内には、善なるものが宿っていないことを、わたしは知っている。なぜなら、善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がないからである。 すなわち、わたしの欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている。」
ローマ人への手紙 7:18-19 口語訳
② イエス・キリストこそ、主を恐れる知恵を完全に示された方
❶ ゲッセマネの祈り「わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」
「そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。」
マタイによる福音書 26:39 口語訳
⑴この世の知恵では、十字架は敗北に見える。
⑵しかし神を恐れ、完全に従順であったキリストによって救いが成し遂げられた。
⑶主を恐れる知恵とは、理解できない時も神に従うこと をイエスは示された。
❷イエスが十字架を「善」の道として選択できたのはなぜか?
⑴人生の決定権を主に明け渡し、主に頼る生き方のため。
⑵ソクラテスは理性的鍛錬によって魂の平安を求めた。
⑶しかし聖書は、人間の努力そのものには限界があると示す。
❸平安とは、神との関係によって与えられる恵み。
⑴イエスキリストを受け入れ従う者は、神の国の民となる。
⑵平安は、自力で到達するものではなく、神との関係によって与えられる恵み。
⑶主を恐れる者は、苦難の中でも平安を失わずに済む。
4。結論
①主を恐れる知恵を求めよう
❶この世の知恵は、手に入れても満足せず、失う不安がついてくる。恐れが残る。
❷哲学の知恵は、努力で疲れ果ててしまい、そもそも到達できない。恐れが残る。
❸主を恐れる知恵は、他の恐れ(失敗、将来、病、経済、人の評価)を打ち消す。
②人生の決定権を主に明け渡そう
❶「神様が喜ぶか」をまず考えよう。
❷成功を求めず、神様への従順を求めよう。できなければ従順のために祈ろう。
❸キリストをを模範として生きるとき、私たちは神の国の平安を楽しむことができる。

