20260117イエスの母マリヤ―不安の中での賛美(ルカ1:46-56)
20260117土曜祈祷会
聖書:ルカ1:46-56
題目:イエスの母マリヤ―不安の中での賛美
讃美:615
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
“するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救主なる神をたたえます。 この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、 力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。そのみ名はきよく、 そのあわれみは、代々限りなく/主をかしこみ恐れる者に及びます。 主はみ腕をもって力をふるい、心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、 権力ある者を王座から引きおろし、卑しい者を引き上げ、 飢えている者を良いもので飽かせ、富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。 主は、あわれみをお忘れにならず、その僕イスラエルを助けてくださいました、 わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを/とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。 マリヤは、エリサベツのところに三か月ほど滞在してから、家に帰った。”
ルカによる福音書 1:46-56 口語訳
1。マニフィカト
①ラテン語で「わたしの魂は主をあがめる(Magnificat anima mea Dominum)」
❶天使の告知、エリサベツとの出会いという不安定で危険な状況の中で歌われた。
❷マリヤはまだ何一つ解決を見ていない。例)ヨセフの反応、村の目、将来
❸それでも「これからどうなるか」ではなく、「神がどなたであるか」を歌った。
②カトリック的理解との「ずれ」
❶しばしばマリヤの卓越した聖性、や無原罪の聖母としての特別性の証拠と考える。
❷しかし、本文では「この卑しい女(はしため)」「我が救主なる神」と言っている。
❸自分を「罪なき者」とも「救い主が不要な存在」とも言っていない。
→ つまりマニフィカトはマリヤを高める歌ではなく、神を高める信仰告白。
2。本文解説
①不安と希望の中で「自分に起こったこと」を通して神を見る(46–49節)
「わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救主なる神をたたえます。」
❶ここで重要なのは、マリヤが自分に起こった出来事を否定していないこと。
❷突然の召し、説明できない妊娠、社会的リスクを通して「自分が特別だ」ではない。
❸そして「力ある方が、私に大きなことをなさいました」と告白している。
→ マリヤの信仰は、自分を見つめる信仰ではなく、出来事の背後にいる神様を見る信仰。
②神様の働きに焦点を当てる(50–53節)
❶歌の内容が個人の体験を超えて、神の救いのご計画へと広がっている。
❷高ぶる者を低くし、低い者を高く上げる。
❸飢えた者を満たし、富む者を空腹のまま帰らせる。
❹これはイエスの働きそのものを先取りする内容。
→「何が起こるか分からない不安」の中で、神が必ず正しく働かれると信じて歌った。
③ 神の約束への絶対的信頼(54–55節)
❶マリヤは感情ではなく、アブラハムへの契約を語った。
❷イエスが「律法と預言者を成就する」「神の約束を完成させる」方だと先に歌っている。
3.マリヤは「特別な聖母」ではなく「信仰の人」
①学ぶべき信仰
❶マリヤは不安がなかったわけではない。
❷すべてを理解していたわけでもない。
❸ 自分に起こった出来事を、神の偉大さを知る窓として用いた
②私たちが顧みるべきこと。
❶私たちは「起こった出来事」だけを見ていないか
→ マリヤは 出来事を通して神を見た
❷不安の中で神を賛美することを後回しにしていないか
→ マリヤは 不安の中で歌った
❸信仰を「自分がどう評価されるか」に使っていないか
→ マリヤは ただ主をあがめた
4。まとめ
①マニフィカト
❶マリヤを神格化する歌でも、完成された聖人の自己賛美でもない。
❸不安と希望のただ中で、偉大な主を見上げた信仰者の歌。
❹その歌には、後に世に来るイエス・キリストが現れている。
→私たちもマリヤのように不安と希望の中でも、
偉大な主を見上げてキリストを賛美しましょう。

