20251209助けを受けるための準備(使徒27:27-38)
20251209早天祈祷会
聖書:使徒27:27-38
題目:助けを受けるための準備
賛美:215、216
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
Ⅰ.本文解説
① 水夫たちの逃亡
まず、十四日目の夜の出来事です。これは「良い港」を出てから十四日が経った時のことでした。船は嵐に翻弄され続け、アドリア海を漂流していました。この海域は、イタリア、クレテ島、北アフリカに囲まれた広い海です。
その夜、水夫たちはどこかの陸地に近づいていると感じました。そこで水深を測ってみると、約40メートルから30メートルへと急激に浅くなっていることに気づきました。彼らはロープに鉛の重りをつけて水深を測っていましたが、この変化は暗礁に乗り上げる危険を意味していました。
そこで水夫たちは、小舟を使って逃げようとしました。彼らは錨を下ろすふりをしながら、実際には逃亡用の小舟を海に降ろしていたのです。夜で視界はなく、嵐のため操縦も困難な状況の中、いつ座礁するかわからない危険な状態でした。もし座礁すれば船体は破壊され、多くの死傷者が出る可能性がありました。特に大型船はその危険が大きかったのです。
② 逃亡を阻止したパウロ
水夫たちは夜明けを待ちながら逃亡を企てていました。夜に逃げることは危険であったためです。しかし彼らには他の乗客を守るという意識はなく、全員で逃げ出そうとしていました。
その時、パウロはいち早くその異変に気づきました。そして百卒長と兵士たちにこう言いました。「あの人たちが船に残っていなければ、あなたがたは助かりません。」
この言葉を受けて、百卒長は兵士たちに命じ、小舟の綱を切らせました。その結果、彼らは陸に上陸するための手段であった小舟を失うことになりました。
ここで一つの疑問が生まれます。神が助けてくださるのであれば、水夫がいてもいなくても関係ないのではないでしょうか。
しかし聖書は、神の働きには人間の責任ある行動が伴うことを教えています。パウロは神を信じていましたが、同時に最善を尽くすことをやめませんでした。それが彼の信仰の姿勢だったのです。
③ 人々を励ますパウロ
夜が明けかけた頃、パウロは人々に食事をするよう勧めました。彼らは十四日間ほとんど食べておらず、めまいや動悸、意識の低下などの状態にあったと考えられます。本来であれば急な食事も危険な状態です。
しかしパウロは、「あなたがたは助かるのだから、食事を取りなさい」と勧めました。なぜなら、嵐や低体温に耐え、座礁の衝撃に耐え、さらに上陸するためには体力が必要だったからです。
またパウロは、「髪の毛一筋も失われることはない」と語りました。これは旧約聖書にも見られる表現で、神の完全な守りを強調する言葉です。
そして彼はパンを取り、皆の前で神に感謝をささげ、それを裂いて食べ始めました。その姿に励まされ、276人すべての人々が食事を取りました。
彼らは十分に食べた後、積んでいた麦を海に捨てて船を軽くしました。その結果、船はより浮きやすくなり、陸地に近づくことができるようになったのです。
Ⅱ.適用 ― 助けを受けるための準備
① 助けを受けるために準備をしよう
ここから私たちが学ぶべきことは、「助けを受けるための準備」です。ただ何もせずに助けを待つのではありません。
確かに神様は、私たちの助けがなくても働くことができます。例えば、ペリシテ人の地から契約の箱が戻された出来事は、人の手を介さずに神が働かれた例です。
しかし同時に神は、私たちを通して働かれることも望んでおられます。イスラエルを用いたカナン征服もその一例です。
パウロは、水夫の逃亡を防ぎ、人々に食事を取らせるなど、できる限りのことを行いました。またエステルも、断食して王の前に出るという行動を取りました。
結果がどうなるかは神に委ねるとしても、最善を尽くす姿勢が求められているのです。
② なぜ最善を尽くすことが大切なのか
ここで疑問が生まれます。救いが100%神の恵みによるのであれば、人間の努力は必要ないのではないか、という考えです。
しかし聖書はこう語ります。
「しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである。」(Ⅰコリント15:10)
ここから分かることは、「努力したから救われる」のではなく、「救われたからこそ努力できる」ということです。
逆に努力しないことは、神の恵みを軽んじる態度とも言えます。タラントのたとえで一タラントのしもべが「怠け者の悪いしもべ」と言われたのも、成果ではなく主人に対する心の問題でした。
③ 恵みに応答する正しい態度
一生懸命に取り組むことは、神から受けた恵みに対する正しい応答です。
たとえパウロが何もしなくても、神は救うことができたでしょう。しかし、もし彼が自分の立場や感情のために何も行動しなかったとしたら、それは神に対して正しい態度とは言えません。
たとえ相手が言うことを聞かなくても、努力することをやめてはいけません。その具体的な形は人それぞれ異なります。ですから、他人の働きを簡単に批判することには注意が必要です。
私たち一人ひとりに与えられている責任と役割の中で、最善を尽くすことが求められているのです。
Ⅲ.まとめ
第一に、神の計画は100%神の力によって成し遂げられます。しかし私たちは、その恵みに応答して最善を尽くすべきです。
第二に、パウロのように状況の中で責任を果たし、助けを受けるための準備と行動を取ることが大切です。
第三に、今日一日も、自分にできる小さなことを見つけて、忠実に取り組んでいきましょう。

