20251203人の子として来るメシア(ダニエル7:13-14)

20251203水曜礼拝

聖書:ダニエル7:13-14
題目:人の子として来るメシア
賛美:125、126
説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会


1.導入:なぜ子どもは親よりも友だちの言うことを聞くのか

子どもは、親から衣食住を与えられ、学校にも行かせてもらっています。それにもかかわらず、親に対して不満を持つことがあります。その理由の一つは、「共感」が得られないからです。

人は肉体的な必要が満たされるだけでは十分ではありません。霊的な部分、心の部分が満たされないと、本当の意味で満足することはできません。これは夫婦関係においても同じです。

では、癒しとは何でしょうか。
単に肉体的な必要が満たされることではありません。共感され、理解されることによって、初めて人は本当に癒され、安らぎを得るのです。親が子どもに共感し、夫が妻に共感するとき、そこに癒しが生まれます。


2.本文解説

(1)背景

ダニエル書は、1章から6章までは歴史的な出来事が記されており、7章から12章は幻の内容となっています(紀元前552年頃)。

また、2章4節から7章28節まではヘブル語ではなくアラム語で書かれています。アラム語は当時の共通語であり、これはこの預言が特定の民族だけでなく、全世界の人々に向けられた重要なメッセージであることを示しています。


(2)登場する象徴

ダニエル7章には、4つの獣が登場します。
翼のある獅子のようなもの、三本の肋骨をくわえた熊のようなもの、四つの頭と翼を持つ豹のようなもの、そして鉄の歯と十の角を持つ恐ろしい獣です。

これらはそれぞれ、歴史上の四つの国を表しています。すなわち、バビロン、メディア・ペルシャ、ギリシャ、ローマです。

これらの獣は、この世の支配者たちを象徴しており、力と恐怖と暴力による支配を表しています。獣には人間性がなく、その支配もまた非人間的なものです。


(3)「人の子のような者」の登場

その中で、「人の子のような者」が天の雲に乗って現れます。

「人の子のような者」という表現は、アラム語で「クヴァル・エナシュ」といい、「人間の息子のような者」という意味です。これは単なる人間ではなく、ほとんど人間と同じ姿と性質を持ちながら、神的な存在であることを示しています。

また、「雲に乗って来る」という表現は、神にのみ許された権威を表します。つまり、この方は神の権威を持って来られる存在であり、主権と栄光と国が与えられ、すべての民を支配されるのです。

では、なぜこの方は獣のような姿ではなく、人の形で来られるのでしょうか。より強い力で支配するなら、さらに恐ろしい存在として来てもよいはずです。しかし、この方は人の姿で来られました。

それは、単に支配するためではなく、人を救い、癒すためです。肉体的な救いだけでなく、霊的な癒しを与えるために、人の姿を取られたのです。


(4)イエスと「人の子」

イエスは自らを「人の子」と呼ばれました。
これはギリシャ語で「ホ・ヒオス・トゥー・アンスロポウ」といい、単なる「人間の子」ではなく、「あの人の子」、すなわちダニエル書7章で預言された存在を指しています。

イエスは単に人のような存在ではなく、「真の人間の姿」を現された方です。なぜなら、人は神のかたちに似せて造られた存在であり、本来の人間の姿は神にあるからです。人間は神の姿の写しであり、イエスはその完全な姿を示されました。


3.なぜ神は人の形を取って来られたのか

(1)霊的な癒しを与えるため

もし神が圧倒的な力を持つ存在として現れたなら、人々は恐れて近づくことができなかったでしょう。しかし人の姿で来られたからこそ、人の苦しみを理解し、共感することができます。

それにより、肉体的な救いだけでなく、霊的な癒しが与えられるのです。


(2)人の代表として救いをもたらすため

人間の罪の代価は、本来人間が支払うべきものでした。旧約時代には動物のいけにえが用いられていましたが、それは完全なものではありませんでした。

神の姿のままでは死ぬことができません。しかし人の姿を取ることで、私たちの代表として死ぬことができ、罪の代価を完全に支払うことができたのです。


(3)本来の人間性を回復するため

この世界は、力や恐怖、暴力によって支配され、人間性が壊されています。その中で、イエスは恵みと憐れみによって仕える姿を示されました。

優しさ、正しさ、誠実さ、人を助ける姿――それが本来の人間の姿です。イエスはその姿を示し、私たちの人間性を回復するために来られました。


(4)御言葉

「わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている。それはちょうど、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。そして、わたしは羊のために命を捨てるのである。」
(ヨハネ10:14–15)


4.まとめ

ダニエル書7章に現れる「人の子のような者」は、獣のような支配が満ちた世界に、人の形を取って来られる神の救いを示しています。そしてイエス・キリストは、この預言を受けて自らを「人の子」と呼ばれました。

神が人の形を取って来られたのは、私たちに共感するためであり、苦しみや涙を共にするためでした。また、私たちの代表として罪の代価を負うためでもありました。さらに、力や暴力ではなく、愛と憐れみ、真実と奉仕によって、本来の人間性を回復するためでもあります。

私たちは互いに共感し、理解し、仕え合う者となりましょう。そして「人の子」として来られた神の心を少しでも理解し、肉体的な助けだけでなく、霊的な癒しを与える者となることを目指しましょう。

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