20240904アビメレクの悪意(士師記9:4-6)

20240904早天祈祷会

聖書:士師記9:4-6

題目:アビメレクの悪意

賛美:433

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


はじめに

本日の箇所は、ギデオンの死後に起きた悲劇的な出来事を記しています。
アビメレクは王になるために兄弟たちを殺し、自らの力によって地位を築こうとしました。

ここには、人が自分を立てようとするときに起こる破滅、そして神が備えておられる道が描かれています。
この御言葉から学んでいきましょう。


1.本文の解説

(1)アビメレクは七十人の兄弟を殺した

アビメレクは、バアル・ベリテの神殿から銀七十シケルを取りました。
一シケルは約10グラムであり、古代では一日分の賃金ほどの価値がありました。七十人を殺すために、一人一シケルという計算になります。

なぜバアル・ベリテの宮から銀を取ることができたのでしょうか。
シケムはもともとカナン人の町であり、アビメレクは自分がカナン人の血を引く者であることを理由に支配を主張しました。そして母の一族はそれに同意し、彼に従ったのです。

さらにアビメレクはならず者を雇い、王位を得るために手段を選びませんでした。悪の道でも構わないという考えです。

兄弟たちは一つの石の上で殺されました。これは暗殺ではなく、人々の前での処刑を意味しています。


(2)アビメレクは王となった

ミロの人々が集まり、アビメレクを王に立てました。

ミロは土と石が多い地域で、シケムの軍事的要塞があった場所です。後にダビデもそこに住みました。

石の柱のそばとは、柵のある場所を意味し、テレビンの木は特別に神聖視される場所でした。
そのような場所で、人々は彼を王として立てたのです。


(3)末の子ヨタムは生き残った

七十人の兄弟が殺される中で、末の子ヨタムだけは身を隠して生き残りました。

ヨタムという名前には「主は正しい」という意味があります。
彼は後に神の言葉をもってアビメレクに立ちはだかる存在となります。

これは偶然ではなく、神様が備えておられたことでした。


2.新約聖書から学ぶ

(1)人が立てたものは倒れ、神様が立てたものが立つ

聖書は、「自分の力で富を築いたと思ってはならない。主を思い起こしなさい」(申命記8:17–18)と語ります。

すべては神が許可して立てられたものです。
もしそれを自分の手柄にするなら、神の栄光を奪うことになり、その者は必ず倒れます。

ギデオンはイスラエルに七十人の正当な息子を残しましたが、シケムに残した一人の正当でない息子によって、すべてが崩れてしまいました。

イエスが人々の望むメシアにならなかったのは、人が立てたものが必ず倒れることを知っておられたからです。
神が立てたものは倒れても再び立ち上がります。イエスは神の望まれるメシアとして生きられたからこそ、復活されました。


(2)神様は必ず残された者を備えられる

「イスラエルが海辺の砂のようであっても、残りの者だけが立ち返る」(イザヤ10:22)と語られています。

神様はいつもレムナント、すなわち残された者を備えられます。

アビメレクは七十人を殺しましたが、ヨタム一人を殺すことはできませんでした。神が彼を守られたからです。

イエスも狭い門から入るように語られました。
パウロも、イスラエルから出た者すべてが真のイスラエルではないと言いました。

いつの時代も、大勢ではなく残された少数が神の働きを担ってきました。エリヤ、イザヤ、イエスの時代も同じです。
神様は残された者を備え、用いられるのです。


(3)自分を立てるのではなく、神が立てるまで待つ者となろう

イエスは、「自分の命を救おうとする者はそれを失い、イエスのために失う者はそれを得る」と語られました(マタイ10:39ほか)。

これは何もしないという意味ではありません。
大切なのは、自分を立てようとする思いを捨て、イエスのために待つことです。

多くの人はアブラハムとサラのように待てず、自分を立てようとして失敗します。
ギデオンもアビメレクも、自分を立てようとして失敗しました。

しかしイエスは自分を立てられませんでした。常に父なる神を立てて行動されました。

モーセやダビデも、能力が優れていたから選ばれたのではありません。
モーセは殺人者であり、ダビデも罪を犯しました。
それでも神は、信仰を持ち、栄光を神に返す者を立てられるのです。


3.まとめ

① 人が立てたものは必ず倒れ、神様が立てたものが立つ。
② 神様は残された者を備え、必ず用いられる。 

③ だから私たちは自分を立てるのではなく、神様が立ててくださるまで準備して待とう。​ 

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