20220219善悪を知る木の実の理由(創世記2:16-17)

20220219土曜祈祷会

聖書:創世記2:16-17

題目:善悪を知る木の実の理由
賛美:478

説教:高曜翰 伝道師

場所:大阪中央教会

1.小さい頃の思い出

私は小さい頃、食事の席で父親より先に箸をつけてはいけませんでした。
いつも我慢するのはしんどいことでしたが、それは父親の権威を守るための決まりでした。
家の主人は自分ではなく父であることを認めるための「しるし」だったのです。

2.善悪を知る木の実が置かれた理由

エデンの園の中央には、命の木と善悪を知る木がありました。
神様は園のすべての実を自由に食べてよいとおっしゃいましたが、善悪を知る木だけは食べることを禁じられました。
この木の実を食べたことがきっかけで、人間は罪を犯し、エデンから追放されました。

では、なぜ神様はこの木を「わざわざ」造られたのでしょうか。
なぜ園の隅ではなく、中央に置かれたのでしょうか。

それは、人間が神の主権を忘れないためです。
もし全てを自由に食べられるようにしたら、人間はやがて「自分が王である」と勘違いしてしまうでしょう。
天地万物の管理を任された人間が、神を思い起こすための中心の印として、この木は置かれたのです。

この世は人間のものではありません。
私たち自身も、自分のものではありません。
全ては神様のものであることを思い起こすために、この木は存在しました。

3.主権を神様に返すために

では、私たちはどのように神の主権を認め、返すことができるのでしょうか。

日曜礼拝は、自分の時間が自分のものではなく、神様のものであることを示す行為です。
十分の一献金は、自分のお金が自分のものではなく、神様のものであると認める行為です。
十分の一を捧げるとは、実際には「すべてが神様のものです」と告白することなのです。

4.アダムとイブの失敗

アダムとイブは、単に実を食べたという行動だけで失敗したのではありません。
神の基準ではなく、自分の基準を作り上げ、それに従ったことが罪でした。

聖書は「しなければならないこと・してはいけないことのリスト」ではありません。
私たちが神の主権を奪うとき、それが罪なのです。
クリスチャンとして生きるとは、神様に主権を返して歩むことです。

5.結論

では、私たちはどのようにして神様に主権をお返しするのでしょうか。

・アダムとイブは「善悪を知る木」を通して主権を返しました。
・イスラエルは「十戒」を受けることで主権を返しました。
・異邦人である私たちは、「イエス・キリストの十字架」を受け入れることで主権を返しました。

そして今日、私たちは神の国を回復するという神様の計画に参加することによって、主権を神様にお返しします。

最後に、以下のために祈りましょう。​ 

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