20260403神の沈黙(マタイ27:45-46)📺
20260403特別早天祈祷会
聖書:マタイ27:45-46
題目:神の沈黙
賛美:144、150
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「さて、昼の十二時から地上の全面が暗くなって、三時に及んだ。 そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」
マタイによる福音書 27:45-46 口語訳
1.本文解説
①昼の12時から地上の前面が暗くなって3時に及んだ
❶昼なのに暗くなるのは日食の時だけ。太陽ー月(新月)ー地球の並び
❷過越の祭りの時は満月なので日食は起こらない。太陽ー地球ー月(満月)の並び
❸そして日食は通常数分程度。部分日食は2−3時間続く事もあるが明るい。
❹つまり満月の時期に完全日食が3時間も起こることは通常あり得ない。
❺単なる自然現象ではなく、明らかな神の技がある。
②イエスは「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。
❶アラム語で「わが神、わが神、どうして、わたしを捨てた」
❷詩篇22:1から引用している。
❸つまり単なる絶望の叫びではなく、神様に向けた祈りの言葉。
❹ゲッセマネでも天使の助けがあったが、十字架の上では神様は沈黙している。
❺神様との関係が切れたが、それでも神様を呼び求めている。
③なぜ沈黙されたのか?
❶罪の結果をイエスが受けるため。
❷罪の結果は、裁きであり、神の臨在がなくなること。
❸罪のないイエスが受けたのは、バラバのような私たちの代わりに受けるため。
❹十字架の最大の苦しみは、むちでも釘でもなく、神の臨在が離れること。
❺イエスは神に見捨てられるという最も深い苦しみを、私たちのために受けた。
2.適用
①神の沈黙でも、私たちは一人じゃない。
❶祈っても答えがない、神が遠く感じる、何も変わらない、神はいないと感じる
❷しかし、同じ苦しみを経験したイエスを思い出して。
❸だから私たちは孤独ではない。
❹そしてイエスが、神から捨てられる経験をしたことは無駄ではない。
❺そのおかげで、私たちは見捨てられることがない。
②神の沈黙でも、私たちとイエスとでは意味が違う。
❶イエスは見捨てられ、「なぜ見捨てたのですか」と叫んだ。
❷イエスが代わりに罪の裁きを受けたのだから、バラバのような私たちは救われた。
❸だから私たちは見捨てられず、「なぜ見捨てたのか」と叫ぶ必要はない。
❹いま神が沈黙しているのは、目的がある。
❺ただ私達が聞こえないため、信仰を深めるため、神のタイミングのためなど。
❻私達が、神の沈黙の中ですべきことは、イエスのように「わが神」と呼び続けること。
③私たちは、常に「我が主よ」と呼び続けましょう。
❶主への呼びかけは、気づいてもらうための単なる投げかけの言葉ではない。
❷助けを求める、信頼を表す、神様との関係にとどまる意味がある。
❸他ではなく、神様を呼び続けることで、自分の心を神様に向けることができる。
❹状況を変えるためではなく、神様との関係にとどまり続けるために呼びかけよう。
❺沈黙の中でも神様を求める続けることで、見捨てない神様との関係が深まる。
3.まとめ
①神の臨在が離れること。それが人間にとって最大の苦しみ。
❶その苦しみをイエスが十字架で受けられた。
❷しかも叫んでも答えがない完全な沈黙の中で。
②イエスが捨てられたのは私たちが捨てられないためである。
❶イエスが「どうして」と叫ばれたのは、私たちが同じ叫びをしなくて済むように。
❷沈黙の中でも、私たちは神様に祈り続けましょう。

