20260110洗礼者ヨハネ―あの方は栄え、私は衰える(ヨハネ3:26-30)

20260110土曜祈祷会

聖書:ヨハネ3:26-30

題目:洗礼者ヨハネあの方は栄え、私は衰える

讃美:325

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

“そこで彼らはヨハネのところにきて言った、「先生、ごらん下さい。ヨルダンの向こうであなたと一緒にいたことがあり、そして、あなたがあかしをしておられたあのかたが、バプテスマを授けており、皆の者が、そのかたのところへ出かけています」。 ヨハネは答えて言った、「人は天から与えられなければ、何ものも受けることはできない。 『わたしはキリストではなく、そのかたよりも先につかわされた者である』と言ったことをあかししてくれるのは、あなたがた自身である。 花嫁をもつ者は花婿である。花婿の友人は立って彼の声を聞き、その声を聞いて大いに喜ぶ。こうして、この喜びはわたしに満ち足りている。 彼は必ず栄え、わたしは衰える。”

‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭3‬:‭26‬-‭30‬ 口語訳‬

1。前置き

①時の流れによって役割が変わっていく。

 ❶子供→学生→社会人→引退

 ❷恋人→夫や妻→父や母→おじいちゃんやおばあちゃん

②評価も変わっていく。

 ❶その中で寂しさを感じる事もある。

 ❷しかし、その寂しさが何のためかを知る必要がある。

 ❸それは、私が消えるためではなく、神のご計画が前に進むためである。

1。本文解説

①ストーリー

 ❶ある日、洗礼者ヨハネの弟子たちが、彼のもとに来て言いました。

  「先生、ご覧ください。あなたと一緒にいたあの方が、バプテスマを授け、

  皆がその方のところに行っています。」(26節)

  ⑴弟子たちは不安になりました。

  ⑵人々の関心が、自分たちの先生からイエスへ移っていったからです。

  ⑶人間的に見れば、これは危機です。

  ⑷人気が奪われ、影が薄くなっていく状況です。

 ❷しかし、洗礼者ヨハネの答えは、驚くべきものでした。

「人は、天から与えられなければ、何ものも受けることはできません。」(27節)

⑴ヨハネは、自分の働きも、立場も、影響力も、すべて神から与えられたものだと

 理解していました。

 ❸だから彼はこう言います。

「わたしはキリストではない。その前に遣わされた者である。」(28節)

⑴ヨハネは、自分の役割を正確に知っていました。

  ⑵主役ではなく、道を備える者

  ⑶花婿ではなく、花婿の友人です。

 ❹そして、29節でこう告白します。

  「花婿の声を聞いて喜ぶ者、それがこの私の喜びです。」

  ⑴人々がイエスのもとへ行くことは、ヨハネにとって敗北ではなく、完成でした。

 ❺だから30節で、彼は信仰の頂点とも言える言葉を語ります。

あの方は栄え、私は衰えるべきである。

⑴これは自己否定ではありません。

⑵諦めでも、投げやりでもありません。

神のご計画が正しく進んでいることを喜ぶ信仰告白です。

2。適用

①どちらを求めていたのかを考えよう。

 ❶目立たなくなる時、評価されなくなる時、役割が変わる時があります。

 ❷その時、問われるのはこれです。

  ⑴「私は、自分が栄えることを求めていたのか、

  ⑵それとも、キリストが栄えることを求めていたのか。」

 ❸洗礼者ヨハネは、自分が衰える中で、キリストが栄えることを喜びました

  ⑴これこそが、正しい人の謙遜であり、私たちが祈祷会で学ぶべき信仰の姿です。

3。まとめ

①時と共に変わるものがあります。

 ❶評価が代わり、役割が変わり、目立たなくなる時があります。

 ❷その時、不満が出るなら、一度考えてください。

 ❸私が求めていたのは自分の栄光なのか、神の栄光なのか?

②祈りへの導き

 ❶主よ、私が栄えることよりも、あなたが栄えますように。

 ❷洗礼者ヨハネのように、私の人生が、主の道備えとなりますように。

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