20260107正しい人の謙遜(ヨブ1:21)📺

20260107水曜礼拝

聖書:ヨブ1:21

題目:正しい人の謙遜

賛美:458、461

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

“そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。”

‭‭ヨブ記‬ ‭1‬:‭21‬ 口語訳‬

1.ヨブ記は「問いの書」

①ヨブ記は旧約聖書の中で「諸書」に分類され、知恵文学と呼ばれる。

 ❶知恵文学の特徴は、神から人へではなく、人から神への問いが中心にある。

  ⑴箴言:正しく生きれば祝福される

  ⑵伝道者の書:神抜きでの人生は空しい

  ⑶詩篇:神の前で、心をどう表すか

  ⑷雅歌:神が作られた愛は素晴らしい

 ❷ヨブ記:箴言による信仰の単純化を防止。

  ⑴正しく生きても苦しむ現実がある。

  ⑵そして、苦しむ理由は私たちには「わからない」時がある。

  ⑶重要なのは、苦しみの中で神をどう信頼するか、を問いかけている。

 ❸質問は悪いことではない。

  ⑴「なぜですか」「どうしてですか」「いつまでですか」は不信仰の言葉ではない。

  ⑵むしろ、真理を本気で求める者にだけ許された姿勢

  ⑶「義人は祝福され、悪人は裁かれる」という単純な因果応報の信仰を揺さぶる。

 ❹そして同時に、私たち一人ひとりに問いかけている

  ⑴「あなたは、何のために神を信じていますか」

  ⑵神と自分との間に全てがなくなったら、あなたはどうする?

  ⑶夫婦や親子、友人の関係でも同じ。

2.ヨブという人 ― 神に認められた理由

①血筋も、律法も、契約の系譜も持たない異邦人

 ❶東の地のウズ(1:1)=エドムの地(哀歌4:21)

 ❷自分の日=誕生日に祝う(1:4)=イスラエルの習慣ではない。

 ❸ヨブが族長として生贄を捧げる(1:5)=律法以前の時代でなければ律法違反

  ※族長時代を背景にバビロン捕囚時代に書かれたものと考えられる。

②しかし神は「わたしのしもべヨブ」と呼んだ(1:8)。

 ❶ダビデやモーセ、アブラハムに与えられた最高の称号。

 ❷「全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者」と神様に評価された。

 ❸道徳的な評価ではなく、完全な信仰=正しさを持っていたと言える。

  →神の評価は生まれや家系ではない。

③サタンの提議「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか」(1:9)

 ❶いたずらに=理由もなく、益もなくという意味。

 ❷人は理由もなく神を信じない。必ず隠された自己満足的な打算がある、という主張。

 ❸だから与えた祝福を奪えば、必ず神を呪うと考えた。

④神の許可

 ❶ヨブの所有物に手を出すことを許可した。ヨブ自身を傷つけることは禁止。(1:12)

 ❷シバ人の襲来(人災)、神の火=雷(天災)、カルデヤ人の襲来(人災)、大風(天災)

 ❸ヨブは一瞬で、自分の全財産と子供達を失ってしまった。

⑤ヨブの告白

 ❶災害により、神とヨブの関係の間には何もなくなり、直接的なものとなった。

 ❷しかし、ヨブは神を呪わなかった。むしろ信仰告白をした。

 ❸「私は裸で母の胎を出た。また裸でかしこ(出発点)に帰ろう。

  主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」

 ❹ここに神の認めた正しい人の謙遜がある。諦めではない。

 ❺出発点と帰る場所を神様として認め、神の主権を信頼する信仰告白

5.私たちが倣うべき態度とは

①正しい人の謙遜とは、どんな状況でも主は良いお方だということを信じる事。

“そして言った、/「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな」。”

‭‭ヨブ記‬ ‭1‬:‭21‬ 口語訳‬

 ❶ヨブが正しいと認められたのは、無傷だったからでも成功者だったからでもない。

 ❷奪われた後にも、なお神を礼拝した態度で認められた。

 ❸祝福の中でも、失う中でも、理由が分からなくても、神の善良さを信じること。

②イエスの謙遜

“キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。”

‭‭ピリピ人への手紙‬ ‭2‬:‭6‬-‭8‬ 口語訳‬

 ❶イエスは神の立場を握り締めたままではなく、手放して神の計画に従順になった。

 ❷弱い人間の姿になって生まれ、苦しい試練を受け、十字架の死を受け入れた。

 ❸謙遜な姿で自分の使命を全うしたのは、神が良い方であるという信頼のため。

③私達の謙遜

“愛する兄弟たちよ。思い違いをしてはいけない。 あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。父には、変化とか回転の影とかいうものはない。”

‭‭ヤコブの手紙‬ ‭1‬:‭16‬-‭17‬ 口語訳‬

 ❶与えられる時も奪われる時も、神の本質は変わらない。主は良いお方。

  ⑴これを信じ続けることが、私たちの信仰であり謙遜である。

  ⑵私たちは義人にはなり得ない、しかし神は良いお方である。

  ⑶これが最高の態度であり、私達の持つべき姿勢である。

 ❷自分と妻との関係

  ⑴母語も考え方も、食生活、生活様式も違う。理解できない事もたくさんある。

  ⑵しかし、相手は神様の与えた理想の贈り物であることで、一致している。

  ⑶失ったモノをあげればキリがないが、幸せである。

 ❸神様との関係の中で生きていきましょう。

  ⑴「なぜですか」「どうしてですか」「いつまでですか」と尋ねるのは悪い事ではない。

  ⑵自分の思いを正直に打ち明けることは悪いことではない。

  ⑶しかし、主は良いお方であるという前提を崩してはいけない。

  ⑷その前提を守れば、必ず「確かに良いお方である」と知る時が来る。

6.結び

①正しい人とは、義を持つ人ではなく、義を神にお返しできる人である。

 ❶ヨブもイエスも、奪われる中でなお、神は良いお方だと信頼した。

 ❷正しい人とは、理由が分からなくても、主の主権と善を信じて礼拝する人である。

②「あなたは、理由がなくても、わたしを信じますか?」

 ❶すべてを理解できなくても、すべてを説明できなくても、主は良いお方ですか?

 ❷主に全てを信じて任せることのできる謙遜を持てるようお祈りします。

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