20251217伝道で大切なこと(使徒28:23-29)
20251217早天祈祷会
聖書:使徒28:23-29
題目:伝道で大切なこと
賛美:496、498
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
聖書本文(使徒の働き 28章23–29節)
人々は日を定めて、パウロの宿に大勢集まってきました。パウロは朝から晩まで語り続け、神の国について証しし、モーセの律法や預言者の書を用いて、イエスについて説得しました。
しかし、その言葉を信じる人もいれば、信じない人もいました。意見が合わず、人々が帰ろうとしたとき、パウロはこう語りました。
「聖霊は預言者イザヤを通して、あなたがたの先祖に正しく語られた。『この民に行って言え。あなたがたは聞いても悟らず、見ても認めない。この民の心は鈍くなり、耳は聞こえにくく、目は閉じている。もし彼らが見て、聞いて、悟って立ち返るなら、わたしは彼らをいやすのに』と。」
そしてパウロは続けて、「神のこの救いは異邦人に送られた。彼らはこれに耳を傾けるであろう」と語りました。
1.本文解説
(1)パウロは朝から晩まで語った
パウロのもとには大勢の人々が集まりました。彼らはパウロの語るイエスの教えに興味を持っていたのです。
パウロは旧約聖書を用いて、神の国とイエスについて語りました。特に、モーセの律法と預言者の言葉に基づいて説明したことが重要です。
しかし、その結果は一様ではありませんでした。ある人々は信じましたが、ある人々は信じようとしませんでした。
ここで大切なのは、人が信じるかどうかは、私たちの努力や能力によるものではないということです。また、聖書的に正しく教えたとしても、信じない人はいます。
それでも、自分の意見や経験ではなく、聖書に基づいて語ることが重要です。
別れ際に、パウロは信じない人々に対して、預言者イザヤの言葉(イザヤ6:9–10)を引用しました。
「預言者イザヤが言ったとおりだ」と語り、どのようにしても信じない人がいることを示しました。また、「イザヤが先祖に語った」と言うことで、この教えが新しいものではなく、昔からのものであることを明らかにしました。
すなわち、人々は聞いても悟らず、見ても分からない。それは心が鈍く、耳が遠く、目を閉じているからであるということです。
(2)パウロの最後の言葉
パウロは最後に、「神の救いは異邦人に送られた。彼らは耳を傾ける」と語りました。
これは、救いがイスラエルだけでなく、異邦人へと広がっていくことの宣言です。これは決して負け惜しみではなく、神の計画に基づく言葉でした。
ここから分かるのは、伝道は自分の周りだけにとどまるものではなく、より広い世界に目を向ける必要があるということです。
なお29節については異本があり、「パウロがこれらのことを語り終えると、ユダヤ人たちは互いに議論しながら帰っていった」と記されています。
ここから分かるのは、パウロは無理に相手を説得しようとはしなかったということです。成果に固執するのではなく、忠実に証しすることを大切にしていました。
2.適用
(1)忍耐をもって、聖書に基づいた言葉を伝え続ける
福音が受け入れられるかどうかは、受け入れる側の心の状態によります。
それは神のせいでもなく、伝える側のせいでもありません。受け入れる人の心の状態によるのです。これは、種まきのたとえにも示されています。
だからこそ、私たちに必要なのは忍耐と誠実さです。
神は目に見える結果を求めておられるのではありません。また、新しい技術やカリスマ性によって結果が出るのでもありません。
求められているのは、聖書に基づいた言葉を伝え続ける忍耐と誠実さです。これはタラントのたとえにも通じる教えです。
イエスの宣教を見ても同じです。イエスは大きな結果を残され、奇跡の力や権威を持っておられました。しかし本質は、神の計画に従い続ける忍耐と誠実さにありました。
「彼は御子であられたにもかかわらず、さまざまの苦しみによって従順を学び、」(ヘブル5:8)
3.まとめ
宣教において求められているのは、能力や結果ではなく、忍耐と誠実さです。
神が用いられるのは、能力がある人や結果を出す人ではなく、忍耐をもって誠実に歩み続ける人です。
私たちもパウロやイエスのように、大きな結果だけを求めるのではなく、与えられた使命に対して誠実に歩み続けていきましょう。

