20250906エレミヤ―神に召された人生(エレミヤ1:1-8)
20250906土曜祈祷会
聖書:エレミヤ1:1-8
人物:エレミヤ―神に召された人生
賛美:383、301
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
1.エレミヤの人物像
① 祭司の家系に生まれた(1:1)
エレミヤは祭司の家系に生まれました。聖書には、祭司の家系から預言者が生まれる例がいくつか見られます。モーセ、サムエル、エゼキエル、そしてバプテスマのヨハネもその一例です。
祭司は「伝統を守る役割」を担い、預言者は「神の新しい言葉を語る役割」を担います。エレミヤはこの両者の間、すなわち「保守」と「革新」のはざまで生きた人物でした。
② 出身地アナトテ(1:1)
エレミヤの出身地アナトテは、エルサレムの北東約5kmにある小さな寒村でした。この地は、かつてダビデに仕えた祭司エブヤタルの出身地として知られています。
しかしエブヤタルは後にアドニヤを支持したため、ソロモン王によって追放されました(列王記上2:26–27)。その結果、アナトテの祭司の家系は王から不名誉な扱いを受けるようになりました。
つまりエレミヤは、社会的に不利とも言える出自から召し出された人物だったのです。
③ 時代背景(1:2–3)
エレミヤが活動した時代は、ヨシヤ王の時代からエルサレム陥落、ユダ王国滅亡に至る激動の時代でした。
国際的には、エジプトやアッシリアの残存勢力と、新しく台頭してきたバビロンとの間で揺れ動いていました。国内においては、善王ヨシヤの死後、偶像礼拝が急速に広がっていきました(歴代誌下35:22)。
神はこの民に対して、「モーセとサムエルがとりなしても、この民を赦さない」と言われるほどでした(エレミヤ15:1)。エレミヤは、このような最悪とも言える時代に、最も厳しい預言を担わされたのです。
2.エレミヤの召命
① 神の計画は生まれる前から(1:5)
神はエレミヤに「胎内にいる前からあなたを知り、預言者として定めた」と語られました。これは、人の存在が偶然ではなく、神のご計画の中にあることを示しています。
私たちもまた、自分や親の思いだけで生きるのではなく、神の目的の中で生かされている存在です。
② 恐れるな、わたしが共にいる(1:8)
エレミヤは「私は若すぎて語れません」と言って、自分の未熟さや弱さに目を向けました(1:6)。しかし神はその弱さに対して、「わたしがあなたと共にいる」と約束されました。
私たちも自分の欠点や限界にとらわれるのではなく、神の臨在に目を向けて歩むべきです。
③ 遣わす所に行き、命じることを語れ(1:7)
神はエレミヤに、「あなたを遣わすすべての所に行き、命じることをすべて語れ」と命じられました。これは人生の目的が「神の言葉を伝えること」にあることを示しています。
この使命は、アブラハムの召命(創世記12:3)や、イエスの大宣教命令(マタイ28:19)にもつながっています。私たちは自分のためではなく、人の救いのために生かされているのです。
3.どのように生きるべきか
① この世の人の生き方
この世の人は、自分のために生きます。能力や財産を求め、人に認められることを使命だと考えます。また、自分の傷や欠点を隠し、幸せであるかのように装って生きます。
しかしその結果、心には不満や虚しさが残ります。
② キリスト者の生き方
キリスト者は、人のために生きます。すでに救われた者として、まだ救われていない人々のために生きるのです。
自分の傷や欠点さえも、神のご計画の中で用いられます。そして神に用いられるとき、人は自分の人生の本当の意味を知ることができます。
③ 涙の預言者エレミヤ
エレミヤは「涙の預言者」と呼ばれています。彼は自分のことで泣いたのではなく、民のために涙を流しました。
神の計画と、神に背く民の姿を見て、心を痛めたのです。その姿は、夫のために涙を流す妻のような愛に満ちたものでした。
人を見て疑い、争うのではなく、人のために涙を流すことのできる人物、それがエレミヤでした。
4.まとめ
神を知らないとき、人は自分の欠点に不満を抱きながら生きる虚しい人生を送ります。
しかし神を知るとき、人は他人の欠点を涙で補う、意味ある人生へと変えられます。
大切なのは「どう生きるか」ではなく、「なぜ生きるか」です。
エレミヤのように、神を見上げ、使命を持って生きていきましょう。

