20260426ガイオの献身(3ヨハネ1:1-8)📺
20260426女子伝道会献身礼拝
聖書:3ヨハネ1:1-8
題目:ガイオの献身
賛美:524、449、516
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「長老のわたしから、真実に愛している親愛なるガイオへ。
愛する者よ。あなたのたましいがいつも恵まれていると同じく、あなたがすべてのことに恵まれ、またすこやかであるようにと、わたしは祈っている。
兄弟たちがきて、あなたが真理に生きていることを、あかししてくれたので、ひじょうに喜んでいる。事実、あなたは真理のうちを歩いているのである。
わたしの子供たちが真理のうちを歩いていることを聞く以上に、大きい喜びはない。
愛する者よ。あなたが、兄弟たち、しかも旅先にある者につくしていることは、みな真実なわざである。
彼らは、諸教会で、あなたの愛についてあかしをした。それらの人々を、神のみこころにかなうように送り出してくれたら、それは願わしいことである。
彼らは、御名のために旅立った者であって、異邦人からは何も受けていない。
それだから、わたしたちは、真理のための同労者となるように、こういう人々を助けねばならない。
ヨハネの第三の手紙 1:1-8 口語訳
1。舌切り雀
①おじいさんとおばあさん
❶薪を取りに行ったおじいさんが、羽を痛めた小さなスズメを拾って帰る。
❷傷の手当てをして、とても大事に看病した。その結果雀は元気になった。
❸ある日おじいさんが町へ出かけた。おばあさんは井戸で洗濯をした。
❹スズメはおじいさんを待っている間、障子を貼るのりを作るための米を全部食べた。
❺怒ったおばあさんはスズメの舌をハサミで切ってしまい、スズメは山に逃げた。
②スズメを探すおじいさん
❶心配になったおじいさんはスズメを探しに山へ向かう。
❷馬の足を洗うアルバイトをしたり、動物の洗い水を飲まされたり苦労する。
❸ようやくスズメの家を見つけて、接待を受ける。
❹お土産に大きいつづらと小さいつづらのどちらかがいいか聞かれる。
❺おじいさんは体力もないので、小さい方のつづらを受け取って家に帰る。
❻家に帰って開けてみると、金銀財宝がどっさり入っていた。
③スズメを探すおばあさん
❶おばあさんは話を聞いて、大きい方を持って帰らなかったことを叱る。
❷おばあさんは大きい方をもらうためにスズメの家に向かう。
❸スズメの家で同じように接待を受ける。
❹そしてお土産には大きいつづらをもらって帰る。
❺そして我慢できず途中で開けると、中から妖怪や虫が出てきて襲われる。
❻なんとか家にたどり着いたおばあさんの手元には何も残っていなかった。
④このお話のポイント
❶欲を出しすぎると良くない。良いことをすれば良いことが起こる。
❷聖書的に解釈するなら、心の問題。
❸おじいさんもおばあさんも同じように苦労した。
❹同じように山を越えてスズメを探す苦労をしたが、結果が違った。
❺重要なのは、どれだけ苦労したかではなく、どんな心で苦労したか。
2。本文解説
①1節「長老のわたしから、真実に愛している親愛なるガイオへ」
❶高齢の使徒ヨハネが、とある教会で働きをしているガイオと言う人物に宛てた手紙。
❷単なる個人的な手紙ではなく、教会内の深刻な問題に対処するための手紙。
❸長老と名乗っているのは、権威ではなく、父のような牧会者としての思いがある。
②2−4節「真理のうちを歩いていることを聞く以上に、大きい喜びはない」
❶ガイオの良い働きの知らせが、(エペソにいる?)ヨハネの元にまで届いた。
❷大きな教会を建てたとか、多くの人を改心させたとか、目に見える成果ではない。
❸真理の内を歩いている=御言葉を学び、それを実践する生き方にヨハネは喜でいる。
③5節「旅先にある者につくしていることは、みな真実なわざである」
❶具体的には、旅先にある兄弟たち=宣教師たちをもてなしていること。
❷当時の宿屋は少なく危険だった(高額なのに不衛生、盗難や暴力、売春の温床)
❸ガイオは自分の家に知らない宣教師たちをも泊めていた。
④6節「神のみこころにかなうように送り出してくれたら、それは願わしいこと」
❶初代教会時代では、定住している牧師ではなく、巡回宣教師がメイン。
❷基本的に収入のない巡回宣教師を世話することは、単なる親切ではない。
❸送り出す=食べ物などをもって送り出す。このような宣教師支援はとても重要。
⑤7-8節「真理のための同労者となるように」
❶真理のための同労者となるとは、異邦人ではなく私たちが同労者となるべきだ。
❷当時も偽教師がく、推薦状や会話などから本物かどうかを見抜く必要がある。
❸宣教師をもてなすのはとても大変だが、諦めず、そうして欲しいと願っている。
⑥9−10節:デオテレペスの問題
❶人の上に立ちたがり、人を受け入れず、 受け入れる人さえ排除し、悪口を言う。
❷ガイオと同じ奉仕者でも、承認欲求、支配欲、自己保身で奉仕している。
❸このような奉仕を神様は喜ばれないため、ヨハネはやめさせようとしている。
⑦ヨハネの主張からわかること
❶神様に喜ばれる奉仕者は、成果ではなく、その生き方で奉仕する。
❷神様に喜ばれる奉仕者は、支配しようとする心ではなく、仕える心で奉仕する。
❸神様に喜ばれる奉仕者は、悪口を出すのではなく、愛の行動を示して奉仕する。
3。適用:ガイオのような奉仕者となるために
① 奉仕で重要なのは喜んで施しをする心である。
「各自は惜しむ心からでなく、また、しいられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛して下さるのである。」
コリント人への第二の手紙 9:7 口語訳
❶奉仕で重要なのは、大きさや結果ではなく、奉仕する時の心である。
❷奉仕は必ずしなければいけない、ということはない。
❸御言葉を受け入れ、献身する心を持った後、喜んで奉仕することができる。
❹ガイオが真理のうちに生きることができたのは、献身する心のため。
❺その結果、ありふれた名前のガイオが、聖書に名を残す奉仕者となった。
❻神様に自分を捧げた人だけが、長く難しい奉仕もできる様になる。
②喜んで奉仕できないのは何故か?
❶デオテレペスのように、献身の心がないから。
❷だから自分を立てるための場として、奉仕を悪用してしまう。
❸奉仕の場を支配しようとしたり、人を支配しようとする。
❹奉仕を経験させることは献身の心がなくてもできる。
❺しかし奉仕者として立てるためには、まず献身者にならなければならない。
❻誰でも奉仕はできても、奉仕者となるのは誰でもできない。
③献身者になるためには?
「ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。 主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。」
ルカによる福音書 10:40-42 口語訳
❶マルタが怒ったのは、不公平さを感じたから。
❷イエスがマルタを叱ったのは、奉仕ではなく、奉仕する心が間違っていたから。
❸そして「御言葉を聞く」と言う一番大切なものを奪おうとしていた。
❹奉仕の中心が神様ではなく、自分になっていた。献身者でないから不満が出る。
❺献身の心がなければ、マルタやデオテレペスのように他人の奉仕や学びを邪魔する。
❻献身者になるためには、マリヤのように御言葉を聞くことが不可欠。
④マルタの変化
❶ルカ10章で、マルタは御言葉を聞くことの重要性を学んだ。
❷ヨハネ11章で「あなたがキリスト、神の御子であると信じております」と信仰告白。
❸ヨハネ12章では、黙々と奉仕。弟子たちが騒ぐ中マリヤの行動に口出ししなかった。
❹御言葉の上に立てられた献身者は、誇らず、認め合いながら奉仕することができる。
❺奉仕は義務ではなく、真理に生きて献身者になった結果。
❻教会は、御言葉を学び、献身者に育て、奉仕をすることのできる場所。
⑤女子伝道会のために
❶大阪中央教会を支える唯一の伝道会。
❷多くの働きをしているが、一番素晴らしいの御言葉を学ぶこと。
❸毎週日曜日9:55に祈祷会をしている。素晴らしい。
❹どんな小さな活動でも集まりでも、中心は「御言葉」。
❺ガイオやマルタのような献身者を育てる伝道会。
❻今回のバザーでも神様の喜ばれる奉仕が見られるはず。
4。まとめ
①真の奉仕者は、御言葉を学び、献身者となった人々。
②大きな結果を求めず、支配しようとせず、喜びながら奉仕する人々。
③口から悪い言葉が出るのではなく、仕える態度が現れる。
→大阪中央教会の女子伝道会の献身者たちの人生を通して、教会の中でも外でも、ガイオのような奉仕者が現れる恵みがあるよう祝福します。

