20260426失うことで得られる(ヨハネ16:7)📺
20260426日本語礼拝
聖書:ヨハネ16:7
題目:失うことで得られる
賛美:54、400、405
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
「しかし、わたしはほんとうのことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう。もし行けば、それをあなたがたにつかわそう。」
ヨハネによる福音書 16:7 口語訳
1。悲しみよありがとう
「悲しみよ」
悲しみよ悲しみよ
本当にありがとう
お前が来なかったら
つよくなかったなら
私は今どうなったか
悲しみよ悲しみよ
お前が私を
この世にはない
大きな喜びが
かわらない平安がある
主イエス様のみもとに
つれて来てくれたのだ
①水野源三(1937-1984)
❶長野県生まれの男の子。
❷9歳の時、集団赤痢に感染し、脳膜炎を併発。脳性麻痺になる。
❸その結果、自分で動くことも話すこともできなくなった。学校にも通えなくなった。
❹50音表とまばたきでコミュニケーションを取った。
②まばたきの詩人
❶12歳の時、町の牧師からプレゼントされた聖書を読んで心が喜びで満たされた。
❷18歳の頃から歌を作り始めた。47歳で亡くなるまで人を励ましながら生きた。
❸健康を失い、自由を失ったが、心は満たされ、人に希望を与える人生となった。
❹失うことを通して、新しい恵みを得たキリスト者の人生を見ることができる。
③水野さんの人生が教えていること
❶こんなに頑張っている人がいるからあなたも頑張れ、ではない。
❷人と比較して、自分がいかにみじめな人生かを知ることが重要ではない。
❸知るべきは、失うことは悲しみで終わらない、ということ。
❹私たちは主にあって、失うことで得られるものがある。
2。本文解説
①背景:ゲッセマネへの途中(ヨハネ16−17章)
❶もうすぐに自分が死ぬことを知っていたため、最後の言葉を語った。
❷イエスがいなくなることを聞いて、弟子たちは大きく動揺していた。
❸これ以上、どこにいくのですか?とペテロもトマスも聞けないほどだった。
②「しかし、私は本当のことをあなた方に言うが」
❶イエスが「あなた方の心は悲しみで満たされる」と言った後の「しかし」。
❷これから言うことは、建前の慰めではない。
❸人間の感情を超えた神の真理を言う。
③「私が去って行くことは、あなたがたの益になるのだ」
❶わたしがいなくなることは、あなたたちにとってプラスだよ、と言うこと。
❷これから十字架にかかって死ぬことがプラスだということ。
❸イエスは苦しんで死に、弟子たちは頼るものを失うのにどこにいいことがある?
④「私が去って行かなければ、あなたがたのところに助け主は来ないであろう」
❶プラスになる理由は「助け主=聖霊が来るから」
❷イエスが地上にいる間は聖霊が来ない。イエスの死後に聖霊が来ることができる。
❸十字架の死は、復活、昇天、聖霊降臨という救いの順序に必要な過程である。
⑤「もし行けば、それをあなたがたにつかわそう」
❶それ=聖霊を、父なる神様の元から、イエスが、弟子たちに送る、と言う意味。
❷死んだ後、復活して昇天した後、イエスが聖霊を送る神の計画になっている。
❸死んだら終わり、ではなく、その後もやる事があると言っている。
⑥イエスの死が益になる理由1
❶イエスの十字架の死によって私たちが清められるから。
❷聖霊が私たちの中に住むことによって、私たちは神の国に導かれる。
❸問題は、私たちが汚れているため、聖霊が住むことができない。
❹ところが、イエスの十字架によって、清められ、聖霊が住むことができる。
❺事実、イエスの十字架を受け入れた私たちは、清められている。
⑦イエスの死が益になる理由2
❶弟子たちはいつもなにかとイエスという「人物」に頼っていた。
❷人は何かに頼っている間は、心を聖霊に明け渡すことができない。
❸心が空になってこそ、聖霊が入って、聖霊に満たされることができる。
❹神の国に入るにしても、この地上で仕えるにしても、二心ではできない。
❺事実、弟子たちはイエスを失ってから、聖霊に満たされることができた。
3。適用
①頼っているものを失った時が、聖霊に満たされる恵みの時である。
❶12弟子は、イエスという支えを失うことで、自分が空になった。
⑴それまでは、困ったらイエスに聞いて、不安になったらイエスを見ていた。
⑵しかし、復活したイエスを受け入れ、聖霊を受けることで変わった。
⑶迫害に怯える人生から、迫害の中でも大胆に福音を伝える人生に変わった。
❷サウロは、自分は正義だという心の支えを失うことで、自分が空になった。
⑴それまでは、正しいことだと信じて、クリスチャンを捕まえて牢屋に入れていた。
⑵しかし、復活したイエスを受け入れ、聖霊を受けることで変わった。
⑶自分にだけ従う人生から、本当の意味で神様に従うことのできる人生に変わった。
❸私たちは病気になり、事業に失敗し、友達に裏切られる時、自分が空になる。
⑴それまでは、健康やお金、誰かに頼って生きてきた。
⑵しかし、復活したイエスを受け入れ、聖霊を受けることで変わる。
⑶不安の中で自分に生きる人生から、平安の中でキリストに生きる人生に変わる。
例)牧師先生を頼りに生きる聖徒たち≠牧師先生を愛する聖徒たち
②頑張って得ようとするのではなく、失うことを受け入れることが大事な時もある。
❶ぶどうの枝の話(15章)
⑴枝が伸びすぎると実がならないから、農家は剪定をする。
⑵枝がすべきことは、そのまま剪定を受け入れること。
⑶頑張って成長しようでも、幹から離れて逃げようでもない。
❷十字架を受け入れ、失うことを受け入れ、聖霊を受け入れることが大事。
⑴無理に頑張ったからといって、聖霊がもらえるわけではない。
⑵イエスの十字架で、聖霊をもらえる準備ができている。
⑶聖霊は頑張った「ご褒美」ではなく「プレゼント」。受け入れるだけでいい。
❸失うことは、悪いことばかりじゃない。
⑴失うことが全て悪いことではない。受け入れることで得られるものがある。
⑵そのために、私たちは、受け取るための心を、空にしておく必要がある。
⑶持っているものに頼り、平安を得ようとする人生から解放されよう。
⑷そうすることで、死んだら終わりの人生からも解放される。
4。まとめ
①イエスは、去ることが「損失」ではなく「益」だと言われました。
②それは十字架によって私たちが清められ、聖霊が与えられるためです。
③人は何かに頼っている間、神に完全に委ねることができません。
④しかし、失い、心が空になった時、聖霊に満たされる道が開かれます。
⑤だから私たちは、失うことも神の働きとして受け入れてください。
⑥そうすることで、不安ではなく、キリストにある平安の人生へと導かれます。

