20231009灯火を絶やすな(レビ24:1-4)

20231009早天祈祷会

聖書:レビ24:1-4
題目:灯火を絶やすな
賛美:91

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


Ⅰ.祭司の日々の務め(レビ記24章)

1.純金の燭台に火を灯す務め

神様はモーセに命じて、
イスラエルの民が 純粋なオリーブ油を持って来るようにされました。
それは、主の前で 絶えず灯火を灯し続けるためでした。

  • 聖所には窓がなく、灯火がなければ真っ暗でした。
    つまり、燭台の火は 働きのために不可欠なものでした。
  • 用いられた油は、砕いて絞り出した 上質な純粋のオリーブ油で、
    民によってささげられたものでした。
  • 夕方から朝まで灯し続けるという表現は、
    ヘブル的には 一日中、常にという意味を持ちます。

2.燭台の意味

燭台の詳しい構造は、
出エジプト記25章31〜37節、37章17〜24節、民数記8章1〜4節に記されています。

燭台には深い象徴的意味があります。

1.一タラント(約34kg)の純金で作られている
→ 錆びることがないため、永遠を表し、
 神様ご自身を象徴しています。

2.七つのともしび皿がある
→ 7は 完全を意味します。

3.アーモンドの形をしている
→ アーモンドは1月に芽を出すため、
 復活・命・生命を象徴します。
 つまり、燭台は イエス・キリストを指し示しています

4.槌で叩いて作られた
→ 燭台は、信者の信仰の姿も表しています。
 つぎはぎの信仰ではなく、
 打たれ、鍛えられて形作られた信仰が必要です。

5.ともしび皿に注がれる オリーブ油
→ 油は 聖霊を象徴します。
 私たちは、聖霊と共に歩む存在です。


3.仮庵の祭りとのつながり

  • 7日目は 安息、8日目は 新しい創造の始まり
     信仰生活も、7日目で終わるのではなく、8日目があります。
  • 平安を受けて終わるのではなく、使命が与えられます
     それは、キリスト者を生み出す使命です。
     伝えない者は、良い物を独り占めする人と同じです。
  • 外へ出て行くことは大変ですが、聖霊が共におられます
     だからこそ、私たちの 聖霊の灯火にも意味があります。

Ⅱ.イエスと「火」

1.火を語られるイエス

  • バプテスマのヨハネは、
    「この方は、聖霊と火で洗礼を授ける」と語りました(ルカ3:16)。
    水で死に、聖霊が注がれるという意味です。
  • イエスは、
    「わたしは火を地上に投じるために来た」(ルカ12:49)
    「平和ではなく剣をもたらすために来た」(マタイ10:34)
    「平和ではなく分裂のために来た」(ルカ12:51)
    と語られました。

これは、平和を否定しているのではなく、
真の平和のためには、火が必要であるということです。

聖霊の火を通して、真の平安が訪れます。


2.生きた、聖なる供え物として

  • 私たちは、自分自身を 聖霊の火で燃やして神様にささげる存在です。
  • そうでなければ、最後には 地獄の火で焼かれることになります。
  • どのみち人は、火によって試される存在です。

それならば、
どのように生きるべきかを選ばなければなりません。


3.聖霊の導きによる変化

かつて私は、
何かを手に入れれば平安が来ると思っていました。
努力すれば得られると信じていましたが、得られませんでした。

牧師を目指すようになってから、
焦点が自分ではなく 神様に向けられました。

神様は、
全財産を投げ打つようにしてアメリカへ導かれました。
「真面目に、良い子として生きること」が正しいと思っていた、
自分の 間違った価値観や世界観が壊されました

牧師ががん治療を終えて戻って来られた時、
心からの感謝があふれました。
それは、認められたからでも、何かを得たからでもありません。
人の存在そのものに感謝できたのです。

聖霊の導きによって、
私の間違った考えは燃やされ、
新しい考えが与えられました。


Ⅲ.まとめ

1.祭司の最も最初で、最も大切な仕事は、
 人を灯すことです。

2.私たちの祭司としてのクリスチャン生活においても、
 最も大切なのは、聖霊の火を受けることです。

3.今日も聖霊の導きによって、 

 自分の間違った部分を燃やしながら生きていきましょう。

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