20230312苦難の理由(ヨブ40:1-5)
20230312青年部礼拝
聖書:ヨブ40:1-5
題目:苦難の理由
賛美:믿음과 삶
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
序論:苦難の意味はどこにあるのか
今日の本文ヨブ記40:1–5は、苦難の真の意味を私たちに問いかける箇所です。
苦難は、神の怒りの結果ではありません。
それは私たちを 神の国の民としてふさわしい者にするための訓練 です。
苦難に出会うとき、私たちは不平不満を言ったり逃げたくなります。
しかしヨブ記は、 神の主権を認めてその苦難を受け止め、乗り越える者 へと私たちを導きます。
そうして初めて私たちは、より完全な者、神の国の平安にふさわしい者へと造り変えられていきます。
Ⅰ. 映画『沈黙』に見る、神の沈黙という苦難
最初に、日本の迫害を描いた映画『沈黙』を思い起こします。
1)日本のキリスト教迫害
- クリスチャンたちは拷問され、死刑にされました。
- しかし信徒は虫のように増え続けた。
- 権力者たちは「牧会者の存在」こそが問題だと考えました。
2)キリスト教徒絶滅計画
- 牧会者を集中的に攻撃。
- ただ一度、踏絵を踏むだけでよいと説得する。
- 信仰を捨てなければ、他のクリスチャンを殺していくという残酷な仕組み。
3)牧会者の苦悩
- 「なぜ神は沈黙されたままなのか?」
- 苦難に沈む者の叫び。
- この問いは、ヨブが味わった苦しみと同じものでした。
Ⅱ. 義人ヨブに降りかかった災い
1)ヨブとはどんな人物か
- 出身はウツ(우스)、東方の人(エドムの地)。イスラエル人ではありません(1:1、1:3、哀4:21)。
- 全き正しさを持ち、神を恐れ悪から離れた人物(1:1)。
- 神ご自身が「当時、彼のような者はいない」と評価するほど(1:8)。
- 子どもたちのために常に燔祭を献げ、祭司的役割を担っていた。
- その結果、神の大きな祝福を受けていた(子ども10人、家畜多数)。
2)サタンの提案
- サタンは天使の集まりに突然現れた。
天使は天に仕える存在だが、サタンは地上を徘徊している。 - サタンは「ヨブの信仰は祝福があるからである」と主張。
例:夫が破産したとき離婚する女性のように。 - 神はサタンに行動を許すが、ヨブ本人に触れることは禁止した。
3)財産を失ったヨブ
- ヨブは深く悲しむ(1:20)。
- しかし神を賛美し、「主が与え、主が取られた」と告白(1:21)。
- 信仰は揺るがなかった。
4)サタンの再提案
- ヨブ自身を打てば、信仰を捨てると主張。
例:健康を失うと夫婦関係が壊れるように。 - 神は命以外の攻撃を許可した。
5)ヨブの健康を奪われた結果
- 腫物で本人と分からないほどに。
- 妻は呪いの言葉を吐いて去って行く。
- しかしヨブは神を非難しなかった(2:10)。
Ⅲ. ヨブの友人たちと、間違う神学
1)ヨブの嘆きと友人たち
- 友人たちは共に泣き、1週間黙って座った(2:13)。
- しかしヨブは「生まれてすぐ死ねばよかった」と絶望を吐く。
- ヨブの恐れは、「苦しみによって死ねず、生き続けること」だった。
2)エリファスの神学(経験主義)
- 困難は罪の結果であり、悔い改めよと主張。
- ヨブは「自分の罪ではない、神が理由を教えてくださらない」と反論。
3)ビルダデの神学(伝統主義)
- 神は正義、罪人に文句を言う資格はない。悪人は滅びる。
- ヨブの反論:「罪があるなら教えるのが神の正義ではないか」
4)ツォファルの神学(知識主義)
- 神の知恵は理解不能であり、ヨブは赦しを乞うべきだと語る。
- ヨブは「やぶ医者ども、黙っていれば知恵者だった!」と怒る。
5)ヨブの神への怒り
- 神の沈黙に不満を抱き、自分の義を主張。
- 「私は義とされる」(13:18)
- 「誰が私と争えるのか」(13:19)
- 「全能者が答えてくださるように」(31:35)
- 神よりも自分の正しさを主張してしまった(32:2)。
6)エリフの発言
- 若いエリフが4人全員を叱責。
- 「神が沈黙しているように見えるのは、人が気づかないだけ」
- 「義人も訓練を受ける。神の沈黙それ自体が答えである」
Ⅳ. 神の叱責とヨブの悟り
1)ヨブへの叱責
- 神はヨブの質問に答えず、70以上の問いを投げ返した。
- 「全能者と争う者よ、降参したか」と言われる。
2)友人たちへの叱責
- 彼らは真実を語らず、自分の知恵でヨブを裁いた。
- ヨブは主に語り続けたが、友人たちは執り成しの祈りをしなかった。
3)ヨブが学んだこと
- 自分はちりのような存在であり、人生は自分の支配にはない。
- 神の思いを完全に知ることはできない。
自分で義と思っていても、神から見れば罪人。 - それでも神は良いお方である。
ヨブの叫びに応えて現れ、友人を叱り、ヨブを回復させ、以前以上に祝福された。
Ⅴ. 2つの核心的メッセージ
- どんな状況でも神は良いお方である。
- 苦しみは、神の民としてふさわしくなるための訓練である。
だから大切なのは、
「なぜこんなことが起きたのか?」ではなく、
「この苦しみの中で、私はいかに生きるべきか?」 です。
例:知らない女性と歩いている夫を見かけた妻
- すぐ浮気と決めつける?
- 納得するまで問いただす?
- 説明がなくても夫の潔白を信じる?
例:説明してくれない上司に振り回される部下
- 利益がないと辞める?
- 失望して離れる?
- 理由がなくても上司を信頼してついていく?
Ⅵ. 私たちの短い考えを正す
1)信仰者は成功者になるべきか?
- 信仰者に良いことばかり起これば、人々は神を信じるように見える。
例:教会に美男美女、医者、弁護士が集まるなど。 - しかしそれでは人は「神以外のもの」を愛するようになってしまう。
- 神はそのような動機で来る者を喜ばれない。
2)悪魔の働きを神が止めないのはなぜか?
- 神は私たちを弄んでいるのではない。
- 悪魔さえも私たちの訓練のために用いられる。
- 苦難は、私たちを神の国にふさわしい者へと造り変える。
例:国家代表のサッカー選手は厳しい訓練から逃げない。
Ⅶ. イエスの言葉(ヨハネ16:33)
「あなたがたはこの世で悩みがある。しかし勇気を出しなさい。
わたしはすでに世に勝った」
- この世での苦難は避けられない。
- 苦難は、神の国に入るための訓練である。
- 重要なのは「苦しみの理由」ではなく、
神の側に立って苦しみを乗り越えること。

