20220702サラのお墓の意味(創世記23:1-9)
20220702土曜祈祷会・家庭礼拝
聖書:創世記23:1-9
題目:サラのお墓の意味
賛美:214番
説教:高曜翰 伝道師
場所:大阪中央教会・家庭
本日は、サラの死とその埋葬の出来事を通して、「愛する人を失ったときに私たちが何を考えるべきか」について分かち合いたいと思います。
1.お墓の意味
まず、お墓にはどのような意味があるのでしょうか。
●①仏教的な考え
仏教では、お墓には「つながり」を象徴する意味があります。
- 生者と死者をつなぐ場所
- 生者同士のつながりを確認する場所
●②キリスト教の考え
キリスト教では、
- 記念碑としての意味
- 残された生者を慰め、心を労わるための場所
つまり、お墓は「今生きている人のためにある」という考え方が中心です。
●③アブラハムの場合
しかし、創世記23章を見ると、アブラハムにはもう一つの目的があったように見えます。
2.マクペラでの埋葬の意味
●①故郷に戻る選択肢はなかったのか?
- 22章では、長年音信不通だった親族の消息が伝えられました。
- 約束の地には、自分の所有地がなく埋葬場所もありません。
- 故郷を思い出し、サラを故郷に埋葬することは自然な選択でもあります。
しかし、アブラハムは大金を払ってヘブロンのマクペラに埋葬しました。
●②ヘテ人は無償提供を申し出た
- これは中東文化でよくある社交辞令で、本心から無償提供したいわけではありません。
- とはいえ、アブラハムへの尊敬があったことも確かです。
- アブラハムは文化に従い、丁寧に「買いたい」と申し出ました。
●③高額の要求
- 高額な金額も文化的慣習であり、悪意のふっかけではありません。
- しかしアブラハムはその額をそのまま支払い、購入しました。
- それだけの価値があると判断した
- 後々のトラブルを避けるため
●④なぜここまでしてマクペラに埋葬したのか?
アブラハムには明確な信仰の告白がありました。
- ここが私たちの土地になるという信仰の告白
- 子孫たちのため(後にイサク、リベカ、ヤコブ、レア、ヨセフもこの地域に関わる)
3.イエスの死の意味
●①イエスが語られた言葉(ヨハネ12:24)
「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはそのまま一粒のままである。しかし、死ねば豊かに実を結ぶ。」
- イエスは私たちを罪から清めるために死なれました。
- イエスの死は、神の救いの計画の中にありました。
●②弟子たちの変化
- イエスが死んだ時、弟子たちは皆、故郷に帰ってしまいました。
- しかし復活したイエスが現れ、再び導かれ、弟子たちはエルサレムへ向かいました。
- そこから弟子たちはイエスの意志を継ぎ、力強く出て行く者へと変えられました。
イエスの死は弟子たちを成長させるきっかけとなりました。
「イエスが生きている間に弟子たちが理解できていればよかったのに…」ではありません。
死によってこそ、弟子たちは使命を悟ったのです。
4.サラの死の意味
●①サラは偉大な人物だった
- イサクはサラの死後、深く悲しみ、リベカに会って慰められました(創世記24:67)。
→サラが良き母であった証です。 - ペテロはサラの従順を称賛しました(1ペテロ3:6)。
→アブラハムへの従順は、神への従順を示します。 - へブル書はサラの信仰を称賛します(ヘブル11:11)。
→信仰によってイサクを得ました。
●②では、なぜサラは死んだのか?
- 神の計画の中での役割(イサクを生み、信仰によって育てる)を果たしたから
●③では、なぜアブラハムは生かされたのか?
- サラより信仰が強かったからではありません。
- アブラハムにはまだ神の計画が残っていたからです。
- 30歳で死ぬ人と80歳で死ぬ人に優劣はありません。神の計画の違いがあるだけです。
例:ダニエル、洗礼者ヨハネ
アブラハムは、サラをただ悲しむだけでなく、
サラの信仰を次の世代に受け継がせる使命を果たしました。
5.結論
- 死は悲しいだけの出来事ではない。
- 私たちの死も神の計画の中にある。死を通して新しい実りが生まれる。
- 大切な人の死を悲しむだけでなく、その人が残した信仰と足跡を次の世代につなげていこう。

